アトロベント エロゾル(一般名:イプラトロピウム臭化物)は1981年から発売されているお薬です。
「お薬」といっても飲み薬ではありません。口から吸う(吸入する)ことでお薬の成分を直接気管に作用させる吸入剤になります。
アトロベントは「抗コリン薬」という種類に属します。抗コリン薬は気管を広げる作用を持つため、これにより呼吸のしにくさや咳・痰などの症状を改善させてくれます。
吸入剤にも多くの種類があり、それぞれで配合されている成分も異なっています。各吸入薬にどのような作用があって、どの吸入剤が自分に適しているのかというのはなかなか分かりにくいものです。
吸入剤の中でアトロベントはどのような特徴のあるお薬で、どのような作用を持っているお薬なのでしょうか。
アトロベントの特徴や効果・副作用についてみていきましょう。
目次
1.アトロベントの特徴
まずはアトロベントの特徴をざっくりと紹介します。
アトロベントは気管を広げる作用を持つお薬で、主に慢性閉塞性肺疾患(肺気腫など)の治療に用いられます。
作用時間が短いため、1日に何回も吸入しないといけませんが、その分細かい調整はしやすいお薬になります。
アトロベントは気管を広げる作用を持つお薬で、主に慢性閉塞性肺疾患の治療に用いられます。
慢性閉塞性肺疾患(COPD:Chronic Obstructive Pulmonary Disease)というのは有害物質(主にタバコなど)を長い間吸い続けることで、肺に慢性的な炎症が生じてしまっている疾患の総称です。以前は「肺気腫」や「慢性気管支炎」などとも呼ばれていました。
難しく書きましたが、要するに「タバコで肺が痛んでいる」状態の事です。
慢性閉塞性肺疾患では、タバコに含まれる有害物質が長期間にわたって肺や気管支を傷付けるため、肺・気管支に常に炎症が生じています。すると気管支が腫れて内腔が狭くなり、十分に酸素を吸えなくなってしまうのです。
また有害物質は肺胞(肺の先端にある小さな袋)を徐々に破壊します。タバコによって肺胞が壊れてしまうと、それは二度と元には戻らないため、これによっても十分に酸素を体内に取り込めなくなっていきます。
そのためCOPDの治療で出来る事は、炎症によって狭くなった気管支を広げてあげる事になります。
アトロベントは抗コリン薬という種類のお薬で、アセチルコリンという物質のはたらきをブロックするはたらきがあります。
アセチルコリンは気管支を収縮させる作用があるため、これをブロックすると気管支は収縮できなくなり、広がりやすくなります。すると気管支の中を空気が通りやすくなるため、呼吸苦が改善されるというわけです。
またアトロベントは気管支喘息に使われる事もあります。喘息はアレルギー反応によって気管支が収縮してしまい、息がしずらくなる疾患ですので気管支を広げる作用を持つアトロベントは効果が期待できます。
ただし気管支喘息にはアトロベントのような抗コリン薬よりも、β刺激薬やステロイド吸入薬などが用いられる事が多いため、抗コリン薬は気管支喘息にはそこまで多く用いられる事はありません。
アトロベントのような吸入剤は飲み薬と比べて副作用が少ないというのが大きなメリットです。吸入したアトロベントはほぼ気管のみに塗布されます。飲み薬のように全身にお薬が回りにくいため、全身性の副作用が生じにくいのです。
アトロベントも全身性の副作用はほとんどありません。ただし口の中には塗布されてしまうため、口腔内でアセチルコリンのはたらきをブロックする事で生じる口喝(口の渇き)は割と認められます。
アトロベントのデメリットとしては、薬効(作用時間)の短さが挙げられます。効果が長く持続しないため、1日に3~4回に分けて吸入する必要があり、手間がかかります。
最近は1日1回で24時間効果が持続する抗コリン吸入薬も増えてきましたので、アトロベントが処方される頻度は少なくなってきています。ただし1日1回のお薬と比べると、量の細かい調整がしやすいというメリットはあります。
ちなみにCOPD・気管支喘息に用いる吸入剤には、アトロベントのような抗コリン薬の他、
- β2刺激薬
- ステロイド吸入薬
などもあります。
これらはどのように使い分けられるのでしょうか。
簡単にいうと、抗コリン薬は即効性はないものの、ゆっくり気管支を広げる力に優れます。COPDは発作的に気管支が狭くなるわけではなく、タバコによって徐々に狭くなるため、抗コリン薬がもっとも気管支拡張作用に優れます。そのため、抗コリン薬がCOPDではまず用いられるのが一般的です。
β刺激薬は抗コリン薬と比べると即効性に優れますが、COPDに対する気管支拡張作用は抗コリン薬よりも劣ります。そのためCOPDよりも気管支喘息で主に用いられます。
ステロイド吸入薬も、COPDよりも主に気管支喘息で用いられる吸入薬になります。ステロイドは炎症を抑える作用があるため、タバコによる気管の慢性炎症が生じているCOPDでも効果は期待できます。
しかしステロイドは感染しやすい状態を作ってしまうというデメリットがあります。COPDの方の気管支・肺は弱っておりただでさえばい菌が感染しやすい状態にあるため、ステロイドで更に感染させやすい状態を作ってしまうのは危険もあり、そのためにステロイドは積極的にはCOPDには用いられていません。
以上から、アトロベントの特徴として次のようなことが挙げられます。
【アトロベントの特徴】
・主に慢性閉塞性肺疾患(COPD)の治療薬として用いられる
・アセチルコリンのはたらきをブロックし、気管を広げる
・即効性はなく、今すぐに苦しさを取るお薬ではない
・作用時間が短く、1日3~4回に分けて吸入する必要がある
・気管にのみ作用するため、全身への副作用が少ない
・副作用の口渇に注意
2.アトロベントはどのような疾患に用いるのか
アトロベントはどのような疾患に用いられるのでしょうか。添付文書には次のように記載されています。
【効能又は効果】
下記疾患の気道閉塞性障害に基づく呼吸困難など諸症状の緩解気管支喘息、慢性気管支炎、肺気腫
アトロベントは気管を広げる作用を持ち、その主な適応は「慢性閉塞性肺疾患(COPD)」になります。
慢性閉塞性肺疾患は、タバコなどの有害物質を長期間に吸入することで、肺に慢性的な炎症が生じてしまっている疾患の事です。
添付文書には「慢性気管支炎」「肺気腫」と書かれてますが、これは昔の病名で、現在ではこれらはまとめて「慢性閉塞性肺疾患」と呼ばれています。
慢性閉塞性肺疾患において、アトロベントのような抗コリン薬はまず最初に推奨されるお薬(第一選択薬)になります。
また気管支喘息にも適応がありますが、気管支喘息にアトロベントを用いるのは、他の吸入薬(β刺激薬やステロイド)では効果が不十分であった場合などで、最初から用いられる事はあまりありません。
その理由は、気管支喘息に対しては抗コリン薬よりもβ刺激薬やステロイド吸入薬の方が高い効果が得られる事が多いためです。
アトロベントはこれらの疾患に対してどのくらい有効なのでしょうか。
気管支喘息と慢性閉塞性肺疾患の方を対象に行なわれた調査では、アトロベントの有効率(有効以上)は、
- 気管支喘息に対する有効率は48.4%
- 慢性気管支炎・肺気腫に対する有効率は30.5%
と報告されています。
また気管支の狭窄の程度を反映する呼吸機能検査値として「1秒率」があります。これは息を思いっきり吐いてもらった時の最初の1秒に吐き出された息の量になり、この数値が下がっていれば下がっているほど、気管支の狭窄の程度は大きいと推定できます。
アトロベントはCOPD患者さんの1秒率を有意に改善させる事が報告されています。
3.アトロベントはどのような作用があるのか
アトロベントはどのような機序によって、気管を広げてくれるのでしょうか。
アトロベントの気管への作用について詳しく紹介します。
Ⅰ.気管支を広げる
アトロベントの主成分であるイプラトロピウム臭化物は「抗コリン薬」と呼ばれ、アセチルコリンという物質のはたらきをブロックする作用を持ちます。
アセチルコリンは体内で様々なはたらきをしている物質なのですが、気管においては気管を収縮させる作用がある事が知られています。
この作用をブロックするのがアトロベントのはたらきになります。
口から吸入されたアトロベントは気管にたどり着くと、アセチルコリンがムスカリン受容体(アセチルコリンが結合する部位)にくっつこうとするのをブロックします。
具体的には、アセチルコリンよりも先にムスカリン受容体にくっついてしまい、ムスカリン受容体に蓋(ふた)をしてしまうのです。するとアセチルコリンはムスカリン受容体にくっつけなくなってしまいます。
これにより気管支が収縮できなくなるため、気管支は広がりやすくなります。
気管支が広がると、たくさんの空気を肺に送りやすくなるため、呼吸がしやすくなるというわけです。
4.アトロベントの副作用
アトロベントにはどんな副作用があるのでしょうか。
アトロベントは吸入剤であり飲み薬と違って全身にほとんど作用しません。安全性は高いお薬だと言って良いでしょう。
ただし吸入することで口腔内や咽喉頭、気管にはお薬が塗布されるため、これらの部位に副作用が生じることはあります。
アトロベントの副作用発生率は1.42%と報告されています。
生じる副作用としては、
- 嘔気
- 口内乾燥
- 頭痛
- AST、ALT上昇
などがあります。
口腔乾燥はアトロベントの持つ「抗コリン作用」が原因です。抗コリン作用とはアセチルコリンのはたらきをブロックする作用なのですが、口腔内では唾液の分泌を減らす作用になるため、これにより口の中の乾燥が生じます。
また嘔気はお薬を吸入した時の刺激によって生じるものになります。喉が刺激される事によって、嘔気の他に咳などが生じる事もあります。しかし重篤となる事は稀で、多くは適切に吸入できるように慣れれば改善していきます。
頻度は稀ですが、重大な副作用としては、
- アナフィラキシー様症状(蕁麻疹、血管浮腫、発疹、気管支痙攣、口腔咽頭浮腫など)
- 上室性頻脈
- 心房細動
が報告されています。
抗コリン作用は心臓においては心拍数を上げ、心臓の負担を高める方向に作用します。これにより心臓系の副作用が認められる事があります。
アトロベントを使用してはいけない方(禁忌)としては、
- アトロベントの成分又はアトロピン系薬剤に対して過敏症の既往歴のある方
- 緑内障の方(眼内圧を高め、症状を悪化させるおそれがある)
- 前立腺肥大症の方(更に尿を出にくくすることがある)
が挙げられます。
アトロピンは代表的な抗コリン薬です。アトロピンに対して過敏症がある場合、同じ抗コリン薬であるアトロベントも身体に合わない可能性が高いため、このように記載されています。
また抗コリン作用は、眼圧を上げてしまったり、尿道を収縮させてしまう作用があるため、緑内障(眼圧が上がってしまう疾患)や前立腺肥大症(前立腺が大きくなり、尿道が圧迫させてしまう疾患)の方に使用すると、症状を更に悪化させるリスクがあります。
5.アトロベントの用法・用量と剤形
アトロベントにはどのような剤型があるのでしょうか。
アトロベントには、
アトロベント エロゾル 20μg
の1剤形のみがあります。
アトロベントは1つの容器に10ml吸入液が入っており、1回の噴霧で20μgが噴射されるように作られております。1容器で200回噴霧する事ができます。
アトロベントの使い方としては、
専用のアダプターを用いて、通常、1回1~2噴射を1日3~4回吸入投与する。なお、症状により適宜増減する。
と書かれています。
アトロベントは作用時間が短いという欠点があります。最近では作用時間の長い吸入薬も多く、1日1回の服用で24時間効果が持続するものもありますが、アトロベントは頻回に吸入しないと安定した効果が得られません。
6.アトロベントが向いている人は?
以上から考えて、アトロベントが向いている人はどんな人なのかを考えてみましょう。
アトロベントの特徴をおさらいすると、
・主に慢性閉塞性肺疾患(COPD)の治療薬として用いられる
・アセチルコリンのはたらきをブロックし、気管を広げる
・即効性はなく、今すぐに苦しさを取るお薬ではない
・作用時間が短く、1日3~4回に分けて吸入する必要がある
・気管にのみ作用するため、全身への副作用が少ない
・副作用の口渇に注意
といったものでした。
アトロベントは短時間作用型の抗コリン薬になります。専門的にはSAMA(Short Acting Muscarinic Antagonist)と呼ばれます。
抗コリン薬は即効性はそこまでないものの、慢性閉塞性肺疾患の方の気管支を広げるのに最も優れるお薬になります。ただしアトロベントは薬効が短いため、1日3~4回に分けての服用が必要となります。
服用に手間がかかるため、近年ではあまり用いられておりません。
しかし逆に考えれば細かく用量調整を出来るという事でもありますので、お薬の量を1日の中でも細かく調整したい方には向いているお薬になります。
また吸入剤というのは、しっかりと気管や肺に届くまで吸い込まないと効果が得られません。正しい吸入法が出来るように医師や薬剤師からしっかりと指導を受けるようにしましょう。ネットでも吸入法の動画なども製薬会社から配布されていますので、ぜひご覧になってください。