バラクルード錠(一般名:エンテカビル水和物)は2006年から発売されているお薬です。B型肝炎ウイルス(HBV)の増殖を抑える事で、慢性B型肝炎を改善させる作用を持ちます。
B型肝炎ウイルスに感染しても、私たちの身体は自力でウイルスをやっつけてしまう事もあります。一方で、ウイルスをやっつける力が弱い状態で感染してしまうと、B型肝炎ウイルスをやっつけきれずに体内にウイルスが残存してしまう事もあり、これは慢性化と呼ばれます。
慢性化を放置しておくと、肝臓は徐々に痛めつけられていき、肝硬変や肝細胞癌といった命に関わるような疾患が引き起こされるリスクがあります。
バラクルードは、このような慢性B型肝炎の方の体内に存在するHBVの増殖を抑える事で、なるべく肝臓が痛まないようにし、肝硬変や肝細胞癌が発症するのを抑える作用があります。
とても頼りになるお薬ですが、使用に当たっては注意点も多く、必ずB型肝炎治療に熟知している医師の元で使用する必要があります。
バラクルードはどのような特徴のあるお薬で、どのような患者さんに向いているお薬なのでしょうか。ここではバラクルードの特徴や効果・副作用についてお話させて頂きます。
目次
1.バラクルードの特徴
まずはバラクルードの特徴を紹介します。
バラクルードはB型肝炎ウイルスの増殖を抑えるお薬になります。
同種のお薬の中でも効果は強く、耐性化が少ないという利点もあります。一方で副作用はやや多めになります。
バラクルードはB型肝炎ウイルス(HBV)が増殖する時に必要な酵素である「逆転写酵素(DNAポリメラーゼ)」のはたらきをブロックするお薬です。
これによりHBVが増殖できないようにします。
このようにHBVの遺伝子(DNA)に作用する事でウイルスの増殖を抑えるお薬を「核酸アナログ製剤」と呼びますが、バラクルードは3番目に発売された核酸アナログ製剤です。
一番目の核酸アナログ製剤である「ゼフィックス(一般名:ラミブジン)」は副作用は少ないのですが、効果も中等度で、更に耐性化が多いという特徴がありました。
耐性化というのはお薬を使っているうちに、そのお薬が効かないウイルスが生まれてきてしまう現象です。耐性化が生じるとそのお薬は効かなくなるため、別のお薬に変更あるいは追加をする必要があります。
二番目に発売された核酸アナログ製剤の「ヘプセラ(一般名:アデホビル ピボキシル)」は効果はゼフィックスと同じくらいで、耐性化が少ないという利点がありました。ただし腎臓に負担をかけやすいというデメリットもありました。
ゼフィックスもヘプセラも優秀な核酸アナログ製剤ですが、いずれも効果がもう一歩というところがありました。
バラクルードは、前者2つの核酸アナログ製剤と比べると、効果が強めであり、かつ耐性化も少ないお薬になります。そのため現在もっとも用いられている核酸アナログ製剤の1つになります。
バラクルードのメリットとしては、前述のように効果が強い割に耐性化が少ないという事です。もちろんバラクルードで耐性化が生じる事もあるのですが、その頻度はゼフィックスと比べるとかなり少なくなっています。
デメリットとしては、他の核酸アナログ製剤と比べて副作用の頻度が多い事が挙げられます。特段危険なお薬だというわけではありませんが、副作用に注意しながら使用していく必要があります。
またバラクルードを中止すると、中止後にウイルスが再増殖してしまい、肝機能悪化や肝炎を引き起こす事があります。これはバラクルードに限らず、核酸アナログ製剤に共通する特徴なのですが、バラクルードをはじめとした核酸アナログ製剤の中止の判断は医師が慎重に行い、勝手にやめる事をしてはいけません。
以上からバラクルードの特徴として次のような点が挙げられます。
【バラクルードの特徴】
・B型肝炎ウイルスの増殖を抑える作用がある
・効果の強さは核酸アナログ製剤の中でも強い
・耐性化があまり生じない
・副作用の頻度はやや多め
・中止した際に肝機能悪化や肝炎が生じるリスクがある
2.バラクルードはどのような疾患に用いるのか
バラクルードはどのような疾患に用いられるのでしょうか。添付文書には次のように記載されています。
【効能又は効果】
B型肝炎ウイルスの増殖を伴い肝機能の異常が確認されたB型慢性肝疾患におけるB型肝炎ウイルスの増殖抑制
とても難しく書かれていますね。
これを読んだだけでは、「B型肝炎に使うお薬っぽい」という事は何となく分かりますが、具体的にどのような方が適応になるのかイメージが沸きにくいと思います。
バラクルードはB型肝炎ウイルスに感染しているだけで投与されるお薬ではありません。
適応となるのは、
- B型肝炎ウイルス量が多い状態であり(B型肝炎ウイルスの増殖を伴い)、
- B型肝炎を発症していて(肝機能の異常が確認された)、
- 慢性化している(B型慢性肝炎)
時に使用できるお薬になります。
具体的にこれに該当する状態がどのような状態なのかを考えるために、まず私たちはどのようにB型肝炎ウイルス(HBV)に感染するのかを見てみましょう。
HBVは、何らかの原因によって私たちの血液中に侵入する事で感染します。感染する経路としては主に、
- 垂直感染(産道感染)
- 水平感染(性行為など)
があります。
垂直感染(産道感染)とは、母親から子供に感染してしまう経路になります。これはHBVに感染している母親が出産する際、子供が産道を通る時に母親の血液が子供の体内に入ってしまう事で感染します。
水平感染は主に性行為などが原因になります。HBVに感染している方との性行為によって、血液がHBVに感染していない方の体内に入ってしまうと感染します。
しかしHBVに感染してもすべての人が肝炎になるわけではありません。身体の中にHBVはいるものの、肝炎が生じてない方もいらっしゃいます。
この状態(HBVに感染しているけど、肝炎を起こしてない状態)は、「無症候性キャリア」と呼ばれます。
HBVは肝臓に住み着いてしまうウイルスですが、HBV自体は肝臓を攻撃する事はほとんどありません。ではなぜ肝炎が起こるのかというと、HBVが体内に侵入してくると、私たちの身体の免疫システム(ばい菌などの異物を排除するシステム)がそれを感知しHBVを攻撃するからです。
この免疫システムがHBVを攻撃すると、HBVが住み着いている肝臓もダメージを受けてしまうため、B型肝炎が発症してしまうのです。
また免疫系の攻撃によってHBVをやっつける事が出来れば、一時的に肝炎が生じてもその後は「治癒(HBVが体内から排除された状態)」となりますが、中には免疫系が十分にHBVを排除できなかったり、免疫系が十分に機能せずにHBVを発見できない場合もあり、この場合は感染が慢性化してしまう事になります。
慢性化してしまうと、何年・何十年と長期間に渡ってHBVが住み着いている肝臓を免疫システムが攻撃し続けるため、肝臓が痛みやすく、肝硬変や肝細胞癌を発症しやすくなってしまいます。
このような状態に対してバラクルードは投与する事が出来ます。
バラクルードは投与する事で、HBVの増殖が抑える事が出来ます。すると、免疫システムが肝臓を攻撃しにくくなるため、肝臓が痛みにくくなるのです。その結果、肝硬変や肝細胞癌を発症させにくくする事が出来ます。
では、バラクルードを投与できる3つの条件、
- B型肝炎ウイルス量が多い状態であり、
- B型肝炎を発症していて、
- 慢性化している
はどのように判定すればよいのでしょうか。
現在B型肝炎ウイルスに感染しているのかどうかは、血液検査で判定する事が出来ます。
検査項目としては「HBs抗原」が現在のHBV感染の有無を調べる項目となり、これが陽性であれば、現在体内にHBVが存在すると考えられます。
また現在B型肝炎ウイルスが多い状態なのかどうかを判断するには、「HBV-DNA」「HBe抗原」を血液検査で確認する事で推定できます。
血液検査でHBV-DNAが高値であったり、HBe抗原が陽性だと、ウイルス量が多く活発に活動している状態であると考える事が出来ます。
次に肝炎を発症しているかどうかはどのように判断すればいいでしょうか。
HBVに感染していても必ず肝炎を起こしているわけではないため、B型肝炎を起こしているのかどうかは、血液検査の肝機能の項目を調べたり、超音波検査で肝臓を調べたり、あるいは生検(針を刺して肝細胞を採取する)などの方法があります。
血液検査の場合「ALT」という項目が1つの指標になり、B型肝炎ウイルスの存在が確認された上でこれが増加している場合(ALT>30)、肝炎を発症している可能性が高くなります。
このようなケースに対してバラクルードは投与されます。
では、バラクルードは慢性B型肝炎に対してどのくらいの効果があるのでしょうか。
ざっくりとした印象では、バラクルードは同種のB型肝炎治療薬(核酸アナログ製剤)の中でもしっかりとした効果があります。
現在、核酸アナログ製剤は古い順に、
- ゼフィックス(一般名:ラミブジン)
- ヘプセラ(一般名:アデホビル ピボキシル)
- バラクルード(一般名:エンテカビル)
- テノゼット/ビリアード(一般名:テノホビル)
がありますが、前者2つの効果は中等度、後者2つの効果は強力、というイメージです。
B型慢性肝炎にバラクルードを48週間投与した調査では、
- HBV-DNAが陰性化した率は67.6%
- ALT(肝酵素)が正常化した率は93.8%
- 肝臓の組織学的改善率は80.0%
- セロコンバージョン率は29.6%
と報告されており、しっかりとした効果が確認されています。
組織学的改善率というのは、肝臓の細胞を顕微鏡などで確認して、線維化や炎症などがどのくらい改善しているのかを見る評価法です。
セロコンバージョンというのは、検査でHBe抗原という検査値が陰性になり、代わりにHBe抗体が陽性になる現象です。これはHBVの活動性が落ち着いた事を示してます。
HBe抗原というのは、HBVの内部に存在する抗原です。この抗原が多く認められる(陽性)という事は、HBVが活発に増殖しているという事が出来ます。そのため、HBe抗原はウイルス量の多さを示す1つの指標となります。
HBe抗体とは、HBe抗原に対する抗体です。この抗体が出てくると、HBVの増殖が弱まっているという事が出来ます。
そして、HBe抗原陽性の状態からHBe抗体陽性の状態に切り替わる事を「セロコンバージョン」と言い、これはHBVの活動性が弱まっている事を表す指標になります。
3.バラクルードにはどのような作用があるのか
バラクルードはB型肝炎ウイルスの増殖を抑える作用を持ちますが、どのような作用機序を持っているのでしょうか。
バラクルードの作用機序を理解するためには、そもそもB型肝炎ウイルスがどのように増殖するのかを理解する必要があります。
B型肝炎ウイルスは私たちの血液中への侵入に成功すると、血液に乗って肝臓に到達し、肝細胞の中に入り込みます。
肝細胞の中でB型肝炎ウイルスは、肝細胞のRNAポリメラーゼという酵素を利用して、自分のDNA情報を複写し、また自分が持っているDNAポリメラーゼという酵素によって複写したDNA情報から新しいDNAを合成します。
そして新しいDNAから新しいB型肝炎ウイルスが作られます。
このような機序でB型肝炎ウイルスはどんどん増殖していき、増殖したB型肝炎ウイルスは次々と肝細胞に感染していくのです。
ではバラクルードはどのようにしてこの増殖を抑えているのでしょうか。
バラクルードはB型肝炎ウイルスがDNAポリメラーゼを使ってDNAを複製する際に必要なグアノシン(dGTP:デオキシグアノシン三リン酸)という物質と似た構造を持っています。
いわばグアノシンのニセモノというわけです。
DNAポリメラーゼはバラクルードをグアノシンだと思って取り込み、DNAを複製しようとしますが、バラクルードはグアノシンと異なって、DNAを複製するために機能してくれません。
そのためバラクルードを取り込んでしまったDNAポリメラーゼは、B型肝炎ウイルスのDNAを複製できなくなってしまいます。
その結果、B型肝炎ウイルスの増殖が抑えられるというわけです。
4.バラクルードの副作用
バラクルードにはどのような副作用があるのでしょうか。またその頻度はどのくらいなのでしょうか。
バラクルードの副作用発生率は17.2%と報告されています。同種の核酸アナログ製剤の中では副作用発生率は多めの報告となっています。
生じうる副作用としては、
- 頭痛
- めまい
- 傾眠
- 下痢
- 嘔吐
- 疲労
- 鼻咽頭炎
などが報告されています。
臨床検査値の異常の発生率は15.7%と報告されており、
- リパーゼ増加
- AST、ALT上昇
- 血中ブドウ糖増加
- 血中ビリルビン増加
- 血中アミラーゼ増加
- 尿中蛋白陽性
が報告されています。
また、稀ではありますが重篤な副作用として、
- 肝機能障害
- 投与終了後の肝炎の悪化
- アナフィラキシー様症状
- 乳酸アシドーシス
- 脂肪沈着による重度の肝腫大(脂肪肝)(類薬にて)
が報告されています。
乳酸アシドーシスになるのは、バラクルードがDNAポリメラーゼのはたらきをブロックしてしまうためです。B型肝炎ウイルスのDNAポリメラーゼだけをブロックするのではなく、ミトコンドリアに存在するDNAポリメラーゼγという酵素のはたらきもブロックしてしまい、これにより乳酸アシドーシスが生じます。
乳酸アシドーシスの症状としては、全身倦怠、食欲不振、急な体重減少、胃腸障害、呼吸困難、頻呼吸、アミノトランスフェラーゼの急激な上昇などがあります。
5.バラクルードの用法・用量と剤形
バラクルードは次の剤型が発売されています。
バラクルード錠 0.5mg
バラクルードの使い方は、
本剤は、空腹時(食後2時間以降かつ次の食事の2時間以上前)に経口投与する。
通常、成人には0.5mgを1日1回経口投与する。
なお、ラミブジン不応(ラミブジン投与中にB型肝炎ウイルス血症が認められる又はラミブジン耐性変異ウイルスを有するなど)患者には、1mgを1日1回経口投与することが推奨される。
と書かれています。
バラクルードは食事と一緒に服用してしまうと吸収されにくくなります。そのため空腹時に服用する必要があります。
バラクルードと同じくB型肝炎ウイルスを増殖を抑える核酸アナログ製剤に「ゼフィックス(一般名:ラミブジン)」というお薬があります。
ゼフィックスは2000年に発売された、一番古い核酸アナログ製剤で、副作用が少ないという利点はあるものの、バラクルードよりも効果は弱く、また使用中にウイルスが変異してしまいお薬が効かなくなってしまう事があります。
このようにウイルスがお薬が効かないように変異してしまう事を「耐性化」と呼びます。
ゼフィックスに耐性化を起こすと、ゼフィックスをそれ以上使っても効果がないため、変更・追加する必要があり、そのような際にバラクルードなどが変更される事があります。
YMDD変異ウイルスになってもバラクルードは効きますが、このような場合はバラクルードは0.5mg/日ではなく、1mg/日で使用する事が推奨されています
また腎機能が悪い方は、必要に応じてバラクルードの量を調整する必要があります。詳しくは主治医の指示に従うようにしてください。
6.バラクルードはいつまで続けるのか?
バラクルードはいつまで服用を続ける必要があるのでしょうか。
バラクルードの服用を中止検討できる基準として、
(1)核酸アナログ薬投与開始後2年以上経過
(2)中止時、血中HBV-DNAが検出感度以下
(3)中止時、血中HBe抗原が陰性
が挙げられています(B型肝炎治療ガイドラインより)。
この基準について詳しく説明します。
そもそも、中止する一番理想的な状況というのは、「体内からHBVがいなくなった時」です。これはHBs抗原の陰性化で確認できますが、バラクルードはHBVをやっつけるお薬ではなく、あくまでも増殖を抑えるだけのお薬ですので、これは容易ではありません。
そのため、完全にHBVが体内から排除されなくても、肝臓がダメージを受けるリスクが低いと判断されれば、バラクルードの中止が検討される事があります。
HBe抗原というのは、HBVの内部に存在する抗原です。この抗原が多く認められる(陽性)という事は、HBVが活発に増殖しているという事が出来ます。そのため、HBe抗原はウイルス量の多さを示す1つの指標となります。
反対にHBe抗原が陰性だという事は、HBVは完全に排除されているかは分かりませんが、少なくともHBVの増殖が弱まっているという事が出来ます。
またHBV-DNA(HBVのDNA)が高値であれば、HBVがたくさん体内にいる事が推測されるため、バラクルードを使用した方が良く、反対にHBV-DNAが極めて少なければ、HBVの量が少なくなっていると考えられるため、バラクルードの中止が検討できます。
ただしいずれにせよ、急にバラクルードを中止するとHBVが再度増殖してしまい、肝機能が悪化したり肝炎を引き起こしたりする可能性があるため、中止後も定期的に血液検査などで肝機能評価を行う必要があります。