ディオバン(一般名:バルサルタン)は2000年に発売された降圧剤(血圧を下げるお薬)で、アンジオテンシンII受容体拮抗薬(AngiotensinⅡ Receptor Blocker:ARB)という種類に属します。
ディオバンをはじめとしたARBは血圧を下げる作用の他、心臓や腎臓などの臓器を保護する作用もあるため、臓器障害を有する方にも適した降圧剤になります。
ARBは上手に使えば1剤で複数の効果が期待できます。お薬の作用をしっかりと熟知すれば非常に頼もしいお薬だと言えるでしょう。
血圧を下げる降圧剤にも多くの種類があります。その中でディオバンはどんな特徴のある降圧剤で、どんな患者さんに向いているお薬なのでしょうか。
ディオバンの効果や特徴についてみていきましょう。
1.ディオバン錠の特徴
まずはディオバン錠というお薬の特徴についてみてみましょう。
ディオバンはARB(アンジオテンシンII受容体拮抗薬)という種類の降圧剤になります。ARBはアンジオテンシンⅡという物質のはたらきをブロックすることで、血圧を下げるお薬になります。アンジオテンシンⅡは血圧を上げる作用が強い物質なので、これをブロックすると血圧が下がるのです。
ARBはディオバン以外にもいくつかあります。まずはARBの特徴について紹介します。
【ARBの特徴】
・血圧を下げる力(降圧力)は中程度
・臓器保護作用があり心不全・腎不全にも用いられる
・お薬によっては血糖値や尿酸値などの改善も期待できる
ARBは降圧剤に属し、血圧を下げるはたらきを狙って投与されるお薬です。しかしそれ以外にも付加的な効果が期待できます。単純に「血圧を下げる力」だけを見れば、カルシウム拮抗薬という降圧剤の方が強力です。しかしARBは、血圧を下げる以外にも付加的な効果があるのです。
その1つが「臓器保護作用」です。ARBは心臓や腎臓を保護してくれる作用が確認されています。
血圧が高いと心臓や腎臓にもダメージを与えます。血液は心臓から全身の血管に届くわけですから、血管が硬くなって血圧が上がれば心臓の負荷が上がり、心臓も痛みやすくなります。
また腎臓は血液から老廃物を取り出し尿を作るはたらきがあります。血管が硬くなっている高血圧の方では、尿を作るのも負荷がかかるようになり腎臓も痛みやすくなります。
このように血圧が高い方というのは、心臓や腎臓といった臓器にもリスクが生じるため、臓器保護作用を持つARBは高血圧による全身へのダメージをより広く守ってくれるお薬だと言えるでしょう。
またARBの中には様々な付加的効果を持つものがあり、糖尿病や高尿酸血症の改善も期待できるものがあります。
では次にARBの中でのディオバンの特徴を紹介します。
・血圧を下げる力はやや強め
・インバースアゴニスト作用も強め
・他のARBと比べて薬価が安い
・子供(6歳以上)に使える
ディオバンはARBの中でもバランスの取れた優等生といったイメージです。ディオバン事件(ディオバンを用いた研究報告の論文が不適切に操作されていた)でイメージが悪くなってしまいましたが、ディオバン自身が悪いお薬だという事はありません。
ARBにはインバースアゴニストという作用があるものがあります。ARBはアンジオテンシンⅡ受容体という部位に作用するのですが、実はアンジオテンシンⅡ受容体は何も結合していない状態でもある程度勝手に活性化して作用をもたらしています。
この受容体自身が持つ活性をも抑制する作用がインバースアゴニスト作用です。アンジオテンシンⅡ受容体をブロックして、アンジオテンシンⅡが結合した時の活性が生じないようにするほか、アンジオテンシンⅡ受容体自身が持っている活性をもブロックする事でより降圧力・臓器保護作用を高めてくれます。
簡単に言えば、インバースアゴニスト作用が強いARBほど、しっかり血圧を下げ、臓器を保護すると言えます。
ディオバンはインバースアゴニスト作用が強めのARBです。ちなみに一番強いのはオルメテック(オルメサルタン)やアジルバ(アジルサルタン)と言われています。
また意外なメリットとして、ディオバンはARBの中でも薬価が安く設定されている点が挙げられます。
ディオバンは子供(6歳以上)に適応があるのもメリットです。他のARBの多くは「小児に対する有効性は確立していない」となっていますが、ディオバンは小児高血圧に対しても効果が確認されています。
以上からディオバンの特徴を挙げると次のようになります。
【ディオバンの特徴】
・降圧作用はARBの中ではやや強め
(インバースアゴニスト作用も強め)
・心臓・腎臓などの臓器保護作用がある
・薬価が安い
・子供(6歳以上)に使える
2.ディオバン錠はどんな疾患に用いるのか
ディオバンはどのような疾患に用いられるのでしょうか。添付文書には、次のように記載されています。
【効能又は効果】
高血圧症
ディオバンは降圧剤ですので「高血圧症」の患者さんに用います。
またディオバンは臓器保護作用を持っており、このためディオバンのようなARBは心不全や腎不全に対しての治療薬としてもよく用いられています。
ディオバンの有効率は、
- 本態性高血圧症への有効率は79.7%
- 重症高血圧症への有効率は85.7%
- 腎障害を伴う高血圧症への有効率は82.8%
と報告されています。
3.ディオバン錠にはどのような作用があるのか
ディオバンは具体的にどのような作用を有しているのでしょうか。
ディオバンの作用機序について紹介します。
Ⅰ.降圧作用
ディオバンは「降圧剤」であり、主な作用は血圧を下げる作用になります。
ではディオバンはどのような機序で血圧を下げてくれるのでしょうか。
私たちの身体の中には、血圧を上げる仕組みがいくつかあります。その1つに「RAA系」と呼ばれる体内システムがあります(RAA系とは「レニン-アンジオテンシン-アルドステロン」の略です)。
RAA系は本来、血圧が低くなりすぎてしまった時に血圧を上げるシステムです。
腎臓は血液から老廃物を取り出して尿を作る臓器ですが、ここに「傍糸球体装置」というものがあります。傍糸球体装置は腎臓に流れてくる血液が少なくなると「レニン」という物質を放出します。
レニンはアンジオテンシノーゲンをアンジオテンシンⅠという物質に変えるはたらきがあります。
更にアンジオテンシンⅠはACEという酵素によってアンジオテンシンⅡになります(ちなみにこれをブロックするのがACE阻害薬という降圧剤です)。
アンジオテンシンⅡは、血管を収縮させて血圧を上げるはたらきがあります。また副腎という臓器に作用して、アルドステロンというホルモンを分泌させます。
アルドステロンは血液中にナトリウムを増やします(詳しく言うと、尿として捨てる予定だったナトリウムを体内に再吸収します)。血液中のナトリウムが増えると血液の浸透圧が上がるため、ナトリウムにつられて水分も血液中に引き込まれていきます。これにより血液量が増えて血圧も上がるという仕組みです。
通常であればこのRAA系は、血圧が低くなった時だけ作動する仕組みです。しかし血圧が高い状態が持続している方は、このRAA系のスイッチが不良になってしまい、普段からRAA系システムが作動してしまっていることがあります。
ディオバンをはじめとしたARBは、アンジオテンシンⅡのはたらきをブロックすることで、RAA系が作動しないようにします。すると血圧を上げる物質が少なくなるため、血圧が下がるというわけです。
Ⅱ.臓器保護作用
ディオバンには臓器保護作用があります。
具体的には心臓・腎臓や脳に対して、これらの臓器が傷付くのを防いでくれるのです。
心臓が傷んでしまい、十分に機能できなくなる状態を「心不全」と呼びます。高血圧は心不全のリスクになるため、ディオバンの降圧作用はそれ自体が心保護作用になります。
またそれ以外にも先ほど説明したRAA系の「アンジオテンシンⅡ」は心臓の筋肉(心筋)の線維化を促進し、これも心臓の力を弱める原因となります。
ディオバンはアンジオテンシンⅡのはたらきをブロックしてくれるため、これも心保護作用になります。
実際、ディオバンのようなARBは心不全に対しての第一選択薬となっています。
また腎臓に対しても同様です。
腎臓が傷んでしまい、十分に機能できなくなる状態は「腎不全」と呼ばれ、これも高血圧が発症リスクになるため、ディオバンの降圧作用はそれ自体が腎保護作用になります。
アンジオテンシンは腎臓の線維化も促進し、これも腎不全の原因になるのですが、ディオバンは同様の機序で腎臓の線維化を抑え、腎保護作用を発揮します。
4.ディオバン錠の副作用
ディオバンの副作用はどのようなものがあるのでしょうか。またディオバンは安全はお薬なのでしょうか、それとも副作用が多いお薬なのでしょうか。
全体的な印象としてディオバンをはじめとしたARBは安全性が高いお薬です。高血圧の患者さんは多く、ARBを処方する機会も非常に多いのですが、適正に使用していれば重篤な副作用に出会うことはほとんどありません。
ディオバンの副作用発生率は約7.6~21.6%と報告されています。
生じうる副作用としては、
- めまい
- 腹痛
- 咳嗽
- 貧血
- 頭痛
などがあります。頭痛やめまいはディオバンは血圧を下げてしまうことによって生じる症状です。
- 肝酵素(AST、ALT、ɤGTPなど)上昇
- CK(CPK)上昇
- 尿酸値上昇
- BUN上昇
- カリウム上昇
などです。
ディオバンは「アルドステロン」というホルモンのはたらきを弱めますが、アルドステロンは本来、体内のナトリウムを増やし、その代り体内のカリウムを減らすはたらきがあります(ナトリウムを尿から再吸収し、カリウムを尿に排泄します)。
ディオバンはこの作用を止めてしまうため、体内のカリウムが増えすぎてしまうことがあるのです。
そのためARBを長期間副作用されている方は定期的に血液検査などで肝機能、腎機能、電解質(カリウムなど)をチェックしておくことが望ましいでしょう。
また、稀ですが重篤な副作用として
- 血管浮腫
- 肝炎
- 腎不全
- 高カリウム血症
- ショック・ 失神・意識消失
- 無顆粒球症
- 白血球減少
- 血小板減少
- 間質性肺炎
- 低血糖
- 横紋筋融解症
- 中毒性表皮壊死融解症、皮膚粘膜眼症候群、多形紅斑
- 天疱瘡、類天疱瘡
などが報告されています。
また、ディオバンは
- 妊婦又は妊娠している可能性のある方
- ラジレスを投与中の糖尿病の方(ただし、他の降圧治療を行ってもなお血圧のコントロールが著しく不良の患者を除く)
は原則服薬することが出来ません。
妊娠中の方が服薬できないのは、妊娠中期~末期にディオバンを投与された妊婦さんの赤ちゃんに、胎児・新生児死亡、羊水過少症、胎児・新生児の低血圧、腎不全、高カリウム血症、頭蓋の形成不全、羊水過少症によると推測される四肢の拘縮、脳、頭蓋顔面の奇形、肺の発育形成不全等が認められたという報告があるためです。
難しい名前をたくさん挙げましたが、要するに妊婦さんがディオバンなどのARBを服薬すると赤ちゃんに奇形が発生する確率が高くなる、という事です。
またラジレスというお薬とディオバンのようなARBは原則併用できません。これはラジレスとディオバン(ARB)の併用で非致死性脳卒中、腎機能障害、高カリウム血症及び低血圧のリスク増加が報告されているためです。
ただし、どうしても他の降圧剤で治療できない高血圧症の方に限り、慎重に併用することは認めれています。
5.ディオバンの用法・用量と剤形
ディオバンは、
ディオバン錠 20mg
ディオバン錠 40mg
ディオバン錠 80mg
ディオバン錠 160mgディオバンOD錠 20mg
ディオバンOD錠 40mg
ディオバンOD錠 80mg
ディオバンOD錠 160mg
の8剤形があります。
OD錠というのは「口腔内崩壊錠」の事です。これは唾液に触れると溶けるタイプの錠剤で、水無しでも服用できるというメリットがあります。飲み込みの力が低下している高齢者や水が手元にない外出先で服用する事が多い方に役立つ剤型です。
ディオバンの使い方は、
通常、成人には40~80mgを1日1回経口投与する。なお、年齢、症状に応じて適宜増減するが、1日160mgまで増量できる。
通常、6歳以上の小児には、体重35kg未満の場合、20mgを、体重35kg以上の場合、40mgを1日1回経口投与する。なお、年齢、体重、症状により適宜増減する。ただし、1日最高用量は、体重35kg未満の場合、40mgとする。
と書かれています。
ディオバンは1日1回服用しますが、服用する時間帯は食前・食後を問いません。食前と食後では血中濃度の推移が異なることが報告されていますが、全体的な降圧力には差がないため、いつ服用しても良いことになっています。
ちなみにディオバンを服薬してからどれくらいで効果を判定すれば良いのでしょうか。これは明確に決まっているわけではありませんが、通常2週間程度で効果は現れはじめます。しっかりとした効果を判定するには「約1カ月」程度を考えます。
6.ディオバン錠が向いている人は
以上から考えて、ディオバンが向いている人はどんな人なのかを考えてみましょう。
ディオバンの特徴をおさらいすると、
・降圧作用はARBの中ではやや強め
(インバースアゴニスト作用も強め)
・心臓・腎臓などの臓器保護作用がある
・薬価が安い
・子供(6歳以上)に使える
というものでした。
ディオバンはディオバン事件によって処方数が減ってしまいましたが、バランス型の優れたARBです。
更に薬価が安いため、経済的にもメリットのあるお薬になります。
またこれはARBすべてに言える事ですが、単に血圧を下げるだけでなく臓器保護作用を持つディオバンは、心不全・腎不全・脳梗塞の既往があるなどの臓器保護が必要な方にも良い適応となります。