エンシュアは、食事が十分に摂取できずに栄養状態が不良になっている方に対して、栄養補給の目的で処方される栄養剤です。
病院で処方される処方薬にはなりますが、お薬というよりも「栄養ジュース」といった感じのもので、250mlの缶に入っている飲料になります。
含有しているカロリーによって、
- エンシュアリキッド(1缶250mlで250kcal)
- エンシュアH(1缶250mlで375kcal)
の2種類があります。
エンシュアは効率的に栄養を補給したい際にとても役立ちます。また食事にも含まれる栄養素からなるため、身体に大きな害を来たすような副作用もほとんど生じません。
しかしエンシュアのような栄養剤で注意すべき副作用の1つに「下痢」があります。
下痢はものすごく困る副作用ではないものの、長く続けば脱水や電解質異常を引き起こす事もあります。
エンシュアで下痢の副作用が生じるのはどうしてなのでしょうか。またこの副作用に対して何か有効な対処法はあるのでしょうか。
ここではエンシュアで生じる下痢について、この副作用が生じる機序と考えられる対処法について詳しく説明させて頂きます。
1.エンシュアで下痢が生じるのはなぜか
エンシュアで下痢が生じるのは何故でしょうか。
これにはいくつかの原因が挙げられます。まずはエンシュアが下痢を引き起こす原因について紹介します。
Ⅰ.体液とエンシュアの浸透圧差
一番の原因はエンシュアの「浸透圧」にあります。浸透圧というのは、その液体が持つ「同じ濃さになろうとする力」の事です。
ある物質が溶けている2つの液体があって、その濃度が濃い液体(A液)と薄い液体(B液)があったとします。その2つの液体を「水分は通れるけど、ある物質は通さない」膜で仕切ると、薄い液体(B液)から濃い液体(A液)の方に水分が移動していくという現象が生じます。
これを、B液からA液に水分が「浸透」すると表現します。浸透は、2つの液体が同じ濃度になろうとするために生じる現象です。
水分が移動した分だけ濃い液体(A液)の水の量が増え、その水の重さの分だけ圧力が生じます。この圧力を「浸透圧」と呼びます。
つまり浸透圧は、液体の濃度が濃いほど高くなります。
浸透圧の概念は少し分かりにくいため、難しくてイメージできないという方は、とりあえず「水分は浸透圧が低い方から高い方に移動する」と理解してください。
そして両者の浸透圧の差が大きければ大きいほど、水分が移動する量も多くなります。
これがエンシュアで下痢が生じる一番の理由で、私たちの身体の細胞の浸透圧と、エンシュアの浸透圧の差によって水分が腸管に移動してしまい、これで下痢が生じるのです。
エンシュアには、
- エンシュアリキッド
- エンシュアH
の2種類があります。
両者は濃度が異なり、簡単に言えばエンシュアリキッドを1.5倍濃縮したものがエンシュアHになります。
そしてそれぞれの浸透圧および体液の浸透圧は、次のようになります。
【栄養剤】 | 【浸透圧】 | 【体液との浸透圧の差】 |
エンシュアリキッド | 330mOsm/L | 50mOsm/L |
エンシュアH | 540mOsm/L | 260mOsm/L |
体液 | 280mOsm/L | ー |
エンシュアリキッドもエンシュアHも、どちらも体液よりも浸透圧が高い事が分かります。
水分は浸透圧の低い方から高い方へ移動しますので、エンシュアで腸管が満たされると、身体の水分(体液)は、身体から腸管に移動していきます。
という事は腸管内の水分量が増えますので、下痢になりやすくなるというわけです。
浸透圧の差が大きければ大きいほど水分の移動も多くなるため、エンシュアリキッドよりもエンシュアHの方が下痢は生じやすい事が分かります。
Ⅱ.エンシュアの投与量が多い・投与速度が速い
エンシュアで下痢が生じる一番の原因は前述の浸透圧の問題ですが、それ以外もエンシュアで下痢が生じてしまう原因はいくつかあります。
例えばエンシュアを投与する量が多すぎたり、投与する速度が速すぎる場合も下痢を起こしやすくなります。
エンシュアは栄養素を濃縮した液体になります。エンシュアを飲むと、腸管にとっては一気にたくさんの量の栄養がやってくる事になります。腸管は全力で栄養を吸収しないといけず、負荷がかかります。
あまりにたくさんのエンシュアを短時間で摂取してしまうと、腸管の栄養の吸収能力を超えた栄養が一気に流れてくるため、腸管はすべての栄養を吸収できず、吸収されなかった成分はそのまま排泄されてしまいます。
こうなると下痢(未消化便)となってしまいます。
エンシュアを処方される方というのは栄養状態が悪い方が多いため、「たくさん栄養を取らないと!」と考えて、たくさんエンシュアを飲もうとしてしまう事があります。
適正な量を適正な間隔で服用するのは全く問題ありません。しかし、栄養が濃縮されている液体であるため、短時間で高用量服用してしまうと、腸管の栄養吸収能力を超えてしまう事があります。そうならないよう、できるだけゆっくり飲む事が大切です。
Ⅲ.エンシュアを冷やし過ぎている
エンシュアに限りませんが、飲料を飲む時にあまりに冷えているものを一気に飲むとお腹を壊して下痢が生じやすくなります。
これは体温とあまりに差がある液体が腸管に急に入るため、腸管がびっくりしてしまい、蠕動運動が亢進してしまう事が原因です。
腸管がいつもより過剰に動いてしまうと、十分に栄養を吸収できなくなるため、下痢になってしまうのです。
2.エンシュア以外の原因で下痢となっている事も
エンシュアの服用を始めてから下痢が生じると、「エンシュアのせいで下痢になった」と考えてしまいがちです。
もちろんその可能性もありうるのですが、一方でエンシュア以外の原因はないのかを検討する事も忘れてはいけません。
エンシュアを処方される方というのは、基本的に食欲が低下している方です。となると腸管に十分な栄養が流れていない状態が続いているという方が多く、みなさん腸内環境は乱れている状態にある可能性が高いわけです。
このような状態の方は胃腸も弱っているため、下痢などの胃腸症状は生じやすく、
- 腸内細菌のバランスが崩れた事による下痢
- 免疫力が低下して感染性胃腸炎を発症した事による下痢
- 他のお薬を服用していて、その副作用による下痢
なども原因としては考えられます。
食欲が低下している方は、腸内細菌のバランスが崩れてしまっている事が多く、悪玉菌が繁殖してしまっています。このような場合は下痢が生じやすくなります。
また腸内細菌のバランスが崩れていると、腸内に胃腸炎を引き起こす細菌が侵入してしまう可能性も高まります。これによって感染性胃腸炎を発症してしまうと、やはり下痢が生じます。
お薬によっては副作用として下痢を引き起こしてしまうものもあります。胃腸疾患で処方されるような胃薬にも下痢を引き起こすものはあるため、直近でそのようなお薬の処方も始まっている場合はそのお薬が原因ではないか、しっかりと鑑別する必要があります。
このように、下痢が生じた場合は安易に「エンシュアのせい」と決めつけず、他の原因による下痢ではないかもしっかりと見極める必要があります。
3.エンシュアで下痢が生じた時の対処法
最後にエンシュアで下痢が生じてしまった時に有効な対処法について紹介します。
Ⅰ.出来るだけゆっくりと飲む
一気にたくさんのエンシュアを飲んでしまうと、エンシュアの成分が一気に腸管に流れ込むため、腸管が全ての栄養を吸収しきれずに、未消化便になってしまう事があります。
このような可能性が考えられる場合はエンシュアをできるだけゆっくりと飲むようにしてみましょう。栄養が少しずつ流れてくれば、腸管はそれをしっかりと吸収する事が出来るからです。
エンシュアで下痢をしてしまうという方は、まずはもう少しゆっくりと時間をかけて飲めないかを検討してみて下さい。
Ⅱ.薄める
エンシュアリキッド(浸透圧330mOsm/L)とエンシュアH(浸透圧540mOsm/L)では、後者の方が濃度が濃くて浸透圧が高いため、下痢の頻度も多くなります。
濃度が濃いと、同じ量でもよりたくさんの栄養を摂取できるというメリットはあるのですが、下痢になりやすいというデメリットもあるのです。
そのため下痢が生じて困っているようであれば、栄養剤の濃度を薄めてあげるのも有効な方法の1つです。
エンシュアリキッドを1.5倍濃縮したのがエンシュアHですので、もしエンシュアHで下痢になってしまうようであれば、エンシュアリキッドに切り替えてみても良いでしょう。
またエンシュアリキッドで下痢になってしまうようであれば、水を多少加えて薄めてあげるのも、下痢を改善させるという意味では有効です。ただし、薄めると人によっては味は悪くなってしまうという方もいらっしゃいますので、飲むに耐え得る味かを確認しながら、少しずつ薄めていきましょう。
Ⅲ.冷やし過ぎない
エンシュアは栄養が高濃度含まれているため、多少ですがドロドロしている感じがあります。
このためある程度冷やした方が飲みやすく、反対にぬるい温度だと飲みにくく感じます。
しかしキンキンに冷やし過ぎてしまうと、腸管との温度差から腸管が刺激されてしまい、下痢の原因になってしまう事があります。
このような理由からエンシュアをあまり過度に冷やし過ぎない事も、下痢を生じさせないためには大切です。
Ⅳ.飲む量は少しずつ増やす
エンシュアは食事の補助として用いる栄養剤です。食事で足りない分だけエンシュアで補うというイメージですので、1日1~2缶くらいを飲むという方が多いのですが、食事がほとんど取れない方はそれ以上の量を飲む方もいらっしゃいます。
しかしエンシュアの1日の摂取量が最初から多すぎると下痢になりやすくなります。
エンシュアの摂取量が多い場合は、最初からたくさんのエンシュアを飲むのではなく、まずは少量から始めて、下痢が顕著に出ない事を確認してから少しずつ量を増やすべきです。
いきなり1日6缶とか服用してしまうと、高い確率で下痢を起こします。同じように1日6缶飲むのでも、まずは1日2缶から初めて、様子をみながら3缶、4缶、5缶、6缶と少しずつ増やしていった方が下痢は生じにくいのです。
Ⅴ.整腸剤を併用する
食事量が少ない状態が続くと腸内環境も悪くなっていくため、腸内の善玉菌が減っていて悪玉菌が多いという状態になっています。
このような状態でいきなり栄養がたっぷり入っているエンシュアを流し込むと、腸内細菌はこれに対応しきれず、下痢となってしまう事があります。
このような場合は、腸内環境が整うまで整腸剤も併用してあげると有効な事があります。整腸剤の多くは善玉菌である乳酸菌や酪酸菌を含んだ生菌製剤ですので、腸内環境を整えてくれる作用が期待できます。