エンシュアHは、1995年から発売されている栄養剤です。
「エンシュアリキッド」という1986年から発売されている栄養剤が改良されたもので、エンシュアリキッドと同じ量で1.5倍多く栄養が摂取できるように工夫されています。
エンシュアHはいわゆる栄養ジュースのようなもので、食事が十分に摂取できずに栄養状態が不良になっているような方に栄養補助の目的で処方されます。
もちろんただのジュースではありません。出来るだけ多くの栄養を少ない量で効率よく摂取できるように工夫された栄養剤になります。
缶ジュースのような外観をしていますが、エンシュアは「処方薬」であり医師によって処方されるものです。そして通常のお薬と同じように保険適応となるため、市販の栄養ジュースよりも安価で入手する事が出来ます。
ここではエンシュアHの特徴や成分、そしてどのような方に向いている栄養剤なのかなど、エンシュアHについて詳しく説明させて頂きます。
目次
1.エンシュアHの特徴
まずはエンシュアHの特徴について、かんたんに紹介します。
エンシュアHは液体の栄養剤で、栄養不足の方に効率よく栄養を摂取してもらうために処方されます。
エンシュアリキッドが改良されたもので、同じ量で1.5倍多く栄養が摂取できるように工夫されています。
エンシュアHは、何らかの理由で食事が十分に取れなくなってしまった方が効率的に栄養補給できるようにと作られた栄養ジュースになります。
少ない量で高いカロリーを摂取することができるように作られており、またミネラル・ビタミンなどの微量元素もしっかりと摂取することが出来ます。
エンシュアHは、「エンシュアリキッド」という栄養剤の改良版になります。どう改良されたのかと言うと、栄養がより濃縮されているのです。エンシュアリキッドは1mLで1kcalを摂取する事ができますが、エンシュアHは1mLで1.5kcalを摂取する事ができます。
その他の栄養素の含有濃度もすべて1.5倍になっており、エンシュアHはたくさんの量が飲めない方にとって、より少量の栄養剤でしっかりと必要な栄養を補給できるものになります。
基本的に食欲が低下している方が服用する事が多いため、飲みやすさも工夫されています。毎日同じ味のジュースばかり飲んでいると飽きてしまうため、
- バニラ
- ストロベリー
- コーヒー
- バナナ
- 黒糖
- メロン
と6つの味が用意されています。ちなみにエンシュアリキッドは味は3種類でしたので、ここも更に飽きがこないようにと改良が加えられているのが分かります。
ちなみに栄養ジュースは市販でも売られています。例えば、有名どころとして「メイバランス」や「カロリーメイト」などがあります。これらとエンシュアはどのような違いがあるのでしょうか。
一番の違いは、エンシュアHは処方せんによって処方される「お薬」だという事です。
エンシュアHは医師の診察によって処方される「医薬品」という扱いになります。そのため医師が必要と判断しなければ処方はされませんが、医薬品ですので保険適応となり、薬価の1~3割の価格で処方してもらう事が出来ます。
一方で市販の栄養剤は「食品」という扱いになるため、誰でも自由に購入できますが、当然売値で買わないといけません。
栄養ジュースは決して安くはないため、この価格の差というのは意外と大きいものです。
エンシュアHのデメリットとしては「重さ」が挙げられます。1缶300gほどあるため、薬局から持って帰るのは結構大変です。これはみなさん処方されてから気付く、意外な盲点です。
例えば「エンシュアHを1日3缶飲みましょう。1か月分出しておきますね」と先生が処方してくれたとしましょう。1日3缶を30日分で90缶になりますね。1缶を300gとすると90缶で何と27kgです。
歩いて持って帰るのはとても無理ですよね。車で取りにいかないといけないでしょう。
エンシュアHは「医薬品」の扱いにはなりますが、各製薬会社が発売している市販の栄養ジュースと比べて含有している成分にそこまで大きな差があるわけではありません。お薬というよりは「栄養を効率良く摂取できる飲料」といったものですから、大きな副作用もありません。
ただし浸透圧の関係から下痢や軟便が生じやすいため、ゆっくりと飲むことが推奨されます。
以上からエンシュアHの特徴として次のようなことが挙げられます。
【エンシュアHの特徴】
・食事が十分に摂取できない方に処方される栄養ジュースである |
2.エンシュアHの適応疾患と有効率
エンシュアHはどのような疾患に用いられるのでしょうか。添付文書には次のように記載されています。
【効能又は効果】
一般に、手術後患者の栄養保持に用いることができるが、特に長期にわたり、経口的食事摂取が困難で、単位量当たり高カロリー(1.5kcal/mL)の経腸栄養剤を必要とする下記の患者の経管栄養補給に使用する。
1)水分の摂取制限が必要な患者(心不全や腎不全を合併している患者など)
2)安静時エネルギー消費量が亢進している患者(熱傷患者、感染症を合併している患者など)
3)経腸栄養剤の投与容量を減らしたい患者(容量依存性の腹部膨満感を訴える患者など)
4)経腸栄養剤の投与時間の短縮が望ましい患者(口腔外科や耳鼻科の術後患者など)
エンシュアHは、何らかの理由で口からご飯を十分に食べれなくなってしまっている方に対して、栄養補助の目的で使用されます。
代表的なケースとしては、
- 手術後
- 加齢に伴う食欲低下
が挙げられます。
術後は体力も消耗しており、また腸管にあまり負担がかかるような食事は好ましくないため、エンシュアHのように少量で高い栄養が摂取できる栄養剤が用いられる事があります。
またお年寄りの方が老衰によって食欲が落ちてしまっている時などにもよく用いられています。
高齢者は、加齢とともに食欲が落ちていってしまう事があります。そして食事量が低下する事で体力が低下し、更に食欲が低下していくという悪循環に陥ってしまう事が珍しくありません。
このような時、ご飯などの固形物はなかなか食べれないものですが、ジュースのような液体であれば飲みやすいため、摂取してくれる事もあります。
エンシュアHはこのような時に役立ち、食欲低下によって老衰がどんどんと進行してしまうという悪循環から脱するのを助けてくれます。
更にエンシュアHは、エンシュアリキッドよりも容量あたりのカロリーが高いため、同じ量の摂取でより高いカロリーを得る事が出来ます。
では、エンシュアHは栄養状態をどのくらいの率で改善させる事が出来るのでしょうか。
消化器外科および口腔外科患者さんにエンシュアHを投与した際に栄養状態が改善したと評価された率は、
- 成人の消化器外科患者さんにおける栄養改善率は74.3%
- 成人の口腔外科患者さんにおける栄養改善率は74.6%
であったと報告されています。
3.エンシュアHに含まれている成分
エンシュアHにはどのような成分が含まれているのでしょうか。
ここではエンシュアHの成分について詳しく説明していきます。
Ⅰ.エンシュアHのカロリー
エンシュアHのカロリーは、1mlあたり1.5kcalです。1缶が250mlですので、1缶で375kcalが摂取できます。
おおよそですが、お年寄りの方が1日に必要なカロリーというのは1,500~2,000kcal程度になります(活動度や身長・体重・性別によって異なりますので、あくまで目安です)。
単純計算ですが、もしエンシュアHだけでカロリーを補うとすれば、1日4~6缶ほど必要になります。
しかし実際はエネルギーの全てをエンシュアHで補う必要はありません。
食事量が不十分ながらも多少は食べれているという場合は、足りない分だけエンシュアHで補えばいいのです。
実際に1日4~6缶も飲んでいる方というのはほとんどいません。栄養ジュースだけを毎日飲み続けるというのは、それはそれでつらいものです。
ほとんどの方はエンシュアHを補助的に使っており、1日1~2缶程度飲んでおり、残りの栄養は食事で補っています。
Ⅱ.3大栄養素の比率
エンシュアの3大栄養素(炭水化物、タンパク質、脂質)の配合比率はどのくらいでしょうか。
エンシュアH1缶(375kcal)中の栄養素は次のようになっています。
【栄養素】 | 【グラム数】 | 【カロリー】 | 【比率】 |
炭水化物 | 51.5g | 約206kcal | 約55% |
たんぱく質 | 13.2g | 約52.8kcal | 約14% |
脂質 | 13.2g | 約118.8kcal | 約31% |
ちなみに理想的な三大栄養素のバランス(PFC比)は、
- 炭水化物:50~70%
- タンパク質:10~25%
- 脂質:15~30%
と言われています。
エンシュアHは理想的なPFC比に近づけるように考えて作られているのが分かります。
Ⅲ.ミネラル・ビタミン・微量元素
生きていくのに必要なのはカロリーだけではありません。
ミネラル・ビタミンなどの微量元素も必要です。エンシュアHはこれらもしっかりと配合されています。
ビタミンとしては、
【ビタミン】 | 【含有量】 |
ビタミンA | 938IU |
ビタミンD | 75IU |
ビタミンE | 11.3mg |
ビタミンK | 26.3μg |
ビタミンC | 57mg |
ビタミンB1 | 0.57mg |
ビタミンB2 | 0.65mg |
ビタミンB6 | 0.75mg |
ビタミンB12 | 2.3μg |
コリン | 0.20g |
葉酸 | 75μg |
ナイアシン | 7.5mg |
パントテン酸 | 1.88mg |
ビオチン | 57μg |
が含まれています。
また電解質(ミネラル)としては、
【ミネラル】 | 【含有量】 |
ナトリウム | 0.30g |
カリウム | 0.56g |
塩素 | 0.51g |
カルシウム | 0.20g |
リン | 0.20g |
マグネシウム | 75mg |
マンガン | 0.75mg |
銅 | 0.38mg |
亜鉛 | 5.63mg |
鉄 | 3.38mg |
が含まれています。
4.エンシュアHの副作用
エンシュアHにはどのような副作用があるのでしょうか。また副作用の頻度はどのくらいなのでしょうか。
エンシュアHの副作用発生率は14.0%前後と報告されており、数値自体は低くありません。しかし基本的には栄養素が含まれた飲料になりますから、大きく困るような副作用はほとんど生じません。
生じうる副作用としては、
- 下痢
- 胃部不快感
- 腹部膨満感
など胃腸系の副作用がほとんどになります。中でも下痢が多くを占めます。
エンシュアHは腸管がびっくりしないように浸透圧がなるべく体液に近くなるように作られています。しかし体液と全く同じではありません。体液の浸透圧はおおよそ280mOsm前後なのに対し、エンシュアHの浸透圧は約540mOsmになります。
浸透圧について難しい事はよく分からないという方は、「水分は浸透圧の低い方から高い方に移動していく」と理解してください。
腸管に浸透圧の高い液体が流れてくると腸管の浸透圧が上がり、体液は浸透圧の低い細胞内から浸透圧の高い腸管に移動します。すると腸管の水分が多くなり下痢が発症してしまうのです。
この浸透圧の差によって下痢が生じてしまうことがあるのです。
下痢を生じさせないためには、ゆっくり少しずつ飲むようにしたり、薄めて飲むようにすることが有用です。
また妊婦さんにおいては、エンシュアHは1日6缶以上の摂取は禁止されています。これは過剰なビタミンAが胎児の奇形発生につながるという報告があるためです。
エンシュアHは多くの栄養素を含んでおり、ビタミンAも含まれていますので、多量に摂取すると赤ちゃんに悪影響を来たしてしまうことがあるのです。
しかし現状、妊婦さんにエンシュアHを1日6缶も飲ませるような状況はほとんどありませんので、これによって困ることはほぼありません。
5.エンシュアHの用法・用量と剤形
エンシュアHは、
エンシュアH 250ml(375kcal) 缶
の1剤型のみがあります。
味は、
- バニラ
- ストロベリー
- コーヒー
- バナナ
- 黒糖
- メロン
と6種類があります。
エンシュアHの使い方は、
標準量として成人には1日1,000〜1,500mL(1,500〜2,250kcal)を経管又は経口投与する。1mL当たり1.5kcalである。なお、年齢、症状により適宜増減する。
経管投与では本剤を1時間に50〜100mLの速度で持続的又は1日数回に分けて投与する。
なお、消化吸収障害がなく経腸栄養剤の投与時間の短縮が望ましい患者には1時間に400mLの速度まで上げることができる。経口投与では1日1回又は数回に分けて投与する。
となっています。
胃瘻などから注入する場合は、最初はゆっくり、薄めて投与することとなっています。これは下痢などの副作用を生じにくくするためです。
なおエンシュアHの使用期限は製造後12カ月までです。使用期限は缶底に記載してありますので必ず確認するようにしましょう。
6.栄養剤の種類とエンシュアHの位置づけ
栄養剤にはエンシュアH以外にも様々な種類があります。
そのおおまかな違いや位置づけについて紹介します。
Ⅰ.半消化態栄養剤
栄養素(炭水化物、たんぱく質、脂質)をそのままの状態で含んでいる栄養剤で、液体栄養剤のうちでもっとも通常食に近い形になります。
栄養素をそのまま取るため、味や風味も栄養剤の中では良好なのですが、消化に負担がかかるため、胃腸の消化能力が低下している方には不向きです。
- エンシュアリキッド
- エンシュア・H
- エネーボ
- ラコール
などがあります。
また市販薬としても、
- アイソカル
- テルミール
- ペムパル
- CZ-Hi
- メイバランス
- メディエフ
など多くの種類が各会社から発売されています。
Ⅱ.消化態栄養剤
消化態栄養剤は、半消化態栄養剤よりも一段階消化しやすく作られています。
栄養素のうち、炭水化物と脂質はそのままの状態で含んでいますが、たんぱく質がある程度分解された「低分子ペプチド」「アミノ酸」で構成されています。
そのため胃腸の消化能力が低下している方でも負担少なく栄養を吸収する事が出来ます。
反面でたんぱく質は分解されてしまっている分、味や風味は悪くなります。
医薬品としては、
- ツインライン
があります。
また市販で購入できる食品としては、
- ハイネイーゲル
- ペプタメン
などがあります。
Ⅲ.成分栄養剤
成分栄養剤は、消化態栄養剤よりも更に消化しやすく作られた栄養剤になります。
栄養素のうち、炭水化物と脂質はそのままの状態で含んでいますが、消化が大変な脂質は少量しか含んでいません。
またたんぱく質は最初から最小単位にまで分解されており、「アミノ酸」として存在しています。
そのため胃腸の消化能力が極めて低下している方でも負担少なく栄養を吸収する事が出来ます。
反面で味や風味は期待できません。口から摂取する際にはフレーバーで味付けをしないと飲むのは難しいでしょう。また浸透圧が高くなるため下痢の副作用も多くなります。
医薬品としては、
- エレンタール
があります。
7.エンシュアHが向いている人は?
以上から考えて、エンシュアHが向いている人はどんな人なのかを考えてみましょう。
エンシュアHの特徴をおさらいすると、
【エンシュアHの特徴】
・食事が十分に摂取できない方に処方される栄養ジュースである |
というものでした。
臨床でエンシュアが用いられるのは、
- 手術後や体力消耗後などで食欲が十分にない時
- 高齢者の老衰進行などで食欲が低下している時
などが多くなります。
特にお年寄りの方などで、ご飯が十分に食べれない方などにはよく用いられています。このようなケースでは、ご家族が市販の栄養ジュースを購入される事も多いのですが、お店で購入すると結構高額ですので、なるべく安価にしたいという方にもおすすめできます。
味は好みがあり、中には「まずくて飲めない」という方もいらっしゃいます。しかし反対に気に入ってくれる方もいらっしゃり、ここは本当に好みです。
しかしおおむね皆さん1日1~2缶くらいであれば大きな苦痛はなく飲んで頂けています。
味は6種類あり飽きがこないように工夫されていますが、そうは言っても長期間飲んでいるとだんだん飽きてしまうようで、これは難しいところです。
ちなみに、私の印象ではコーヒー味が一番人気で、ストロベリー味が一番不人気です。ストロベリー味は「甘さがかえって気持ち悪い」と感じられることがあるようです。
また、エンシュアリキッドよりも摂取量が少なくても十分なカロリーを取れるエンシュアHは、
- 出来るだけ少ない量の摂取にしたい方
- 心不全などで水分制限がある方
などに特に適しています。
8.エンシュアHの薬価
エンシュアHの魅力の1つは、保険診療になるため安く入手できるという点ですが、実際エンシュアHはいくらくらいなのでしょうか。
2017年の薬価基準収載では次のように薬価が設定されています。
エンシュアH 10ml 10.1円
1缶は250mlですので、252.5円になります。この価格だと市販の栄養ジューストの値段と大差ありませんが、エンシュアHは保険適応ですので実際はもっと安くなります。
一般的な保険診療の3割負担だと、1缶75.75円です。
後期高齢者医療制度に該当する方(75歳以上、あるいは寝たきり等の場合は65歳以上)は1割負担になりますので、1缶25.25円になります。
なお薬価の改訂は定期的に行われているため、エンシュアHの薬価も今後変更される可能性がありますことをご了承下さい。最新の薬価は、厚生労働省のサイトや製薬会社のサイトにてご確認下さい。