ヘマンジオルシロップの効果と副作用【乳児血管腫(苺状血管腫)治療薬】

ヘマンジオルシロップ(一般名:プロプラノロール塩酸塩)は、2016年から発売されている乳児血管腫の治療薬です。

乳児血管腫は生後1か月ほどの乳児の皮膚に生じる赤く盛り上がったできものです。まるで苺を皮膚に乗っけたように見える事から「苺状血管腫」とも呼ばれています。

苺状血管腫は良性腫瘍であり、成長とともに自然と消失していくものですが、全く綺麗に治るわけではなく瘢痕を残してしまう事があります。特に顔などに瘢痕が残ってしまうと、それが悪性のものでなかったとしても精神的に苦痛となる事もあります。

そのため苺状血管腫は、瘢痕が残らないようにと乳幼児のうちからレーザー治療などが行われる事が一般的です。

ヘマンジオルシロップは苺状血管腫に対する初の飲み薬の治療薬であり、今まで手術やレーザー治療しかなかった苺状血管腫に対して、新しい治療の道を開いたお薬になります。

ここではヘマンジオルシロップの特徴や効果・副作用をはじめ、どのような作用機序を持つお薬でどのような方に向いているお薬なのかについて説明していきます。

 

1.ヘマンジオルシロップの特徴

まずはヘマンジオルシロップの全体的な特徴について、かんたんに紹介します。

ヘマンジオルシロップは、苺状血管腫を退縮させるはたらきをもつお薬です。今までレーザー照射や手術といった侵襲度の高い治療法しかなかった苺状血管腫の初の経口治療薬であり、今までの治療法と比べて身体への負担が少なく治療が出来ます。

ただし元々は高血圧や心臓疾患に用いられていたお薬であるため、心臓系の副作用(血圧低下や徐脈など)には注意が必要です。

ヘマンジオルシロップは苺状血管腫(乳児血管腫)に適応を持つお薬になります。

ヘマンジオルシロップの主成分である「プロプラノロール」はβ遮断薬と呼ばれ、交感神経に存在するアドレナリンβ受容体をブロックする作用があります。これにより血圧を下げたり心拍数を落とす効果が得られるため、元々は高血圧症や心臓疾患に対して用いられているお薬になります。

ヘマンジオルシロップが苺状血管腫に効果があるという事は、実は全くの偶然から発見されました。

肥大型心筋症という心臓疾患と苺状血管腫を合併している小児に対して、肥大型心筋症の治療のためにプロプラノロールを投与したところ、偶然にも苺状血管腫の改善が得られた事が2008年にフランスで報告されました。それ以降、「プロプラノロールは苺状血管腫に効果があるようだ」と注目されるようになったのです。

苺状血管腫(乳児血管腫)は、乳幼児の皮膚に苺のように真っ赤に盛り上がったできものが出来てしまう疾患です。生後すぐには認められませんが、1カ月ほどすると生じ、徐々に大きくなっていきます。

小さいものだと数cmほどですが、大きいものだと10cm以上になる事もあります。また苺状血管腫は女性に出来やすく、顔面が好発部位であるため、しばしば美容的に問題となります。

良性の腫瘍であるため、特に治療をしなくても成長と共に自然と消失する腫瘍ではあるのですが、消失の際に瘢痕(傷跡)を残してしまう事があり、この瘢痕は長く残ってしまう事があります。

そのため、瘢痕が残らないように乳幼児のうちからレーザー照射や切除など、侵襲的な治療が行われます。

乳幼児にレーザーを当てたり、手術をしたりというのは身体への負担も大きく、またご両親も大変に心配されます。

ヘマンジオルシロップは、今までレーザーや手術しかなかった苺状血管腫に対する初の経口治療薬になります。飲み薬が生まれた事で治療の選択肢が広がり、より安全に治療する方法が開けました。

ヘマンジオルシロップがなぜ苺状血管腫に効果があるのか、その明確な機序は分かっていませんが、血管腫の増殖を抑えたり、腫瘍細胞のアポトーシス(細胞が自ら死に向かう事)を誘導する作用があるのではないかと考えられています。

注意点としてヘマンジオルシロップの主成分であるプロプラノロールは、元々は高血圧症や心臓疾患に対して用いられるお薬であるため、ヘマンジオルシロップも血圧を下げる作用や脈拍数を低下させる作用があります。

乳幼児は体重も少ないため、あやまって過量に投与してしまうと血圧が下がり過ぎたり、脈拍数が下がり過ぎたりすることがあるため、投与量には細心の注意を払う必要があります。

以上からヘマンジオルシロップの特徴として次のようなことが挙げられます。

【ヘマンジオルシロップの特徴】

・苺状血管腫(乳児血管腫)を退縮させる効果がある飲み薬である
・元々は高血圧や心臓疾患に使われていたお薬であり、血圧を下げたり脈拍を落とす作用がある
・血管腫の増殖を抑えたり、腫瘍細胞のアポトーシスを誘導する作用があると考えられている
・血圧低下や徐脈などの副作用に注意

 

2.ヘマンジオルシロップはどのような疾患に用いるのか

ヘマンジオルシロップはどのような疾患に用いられるのでしょうか。添付文書には次のように記載されています。

【効能又は効果】

乳児血管腫

(原則として、全身治療が必要な増殖期の乳児血管腫に使用すること)

ヘマンジオルシロップは乳児血管腫(苺状血管腫)の治療に用いられます。

適応は原則として「全身治療が必要な増殖期の乳児血管腫」となっています。これは「ある程度大きい乳児血管腫」という事になります。

苺状血管腫は、

  • 局面型
  • 腫瘤型
  • 深在型

の3つのタイプに分けられます。

局面型はもっとも多いタイプで、苺状血管腫が数mmほど盛り上がり、名前通り苺が皮膚についているような形状をきたします。

腫瘤型というのは局面型よりも血管腫が大きくなってしまい、半球状やドーム状を呈しているタイプです。大きさも数cm~10cm以上と大きく、かなり目立つようになります。

深在型というのは皮膚の深い部位に出来たものです。深在型は盛り上がりが乏しく、皮膚の奥にあるため鮮赤色ではなく、青色調の色調に見えます。

いずれのタイプも血管の異常な増殖というのは同じなのですが、出来る部位や大きさが異なるのです。

このうち、ヘマンジオルシロップの厳密な適応は「腫瘤型」が多く該当します。一部の「局面型」「深在型」が該当する事もありますが、小さい局面型・深在型だと保険上「全身治療が必要なレベル」と判断されない事もあります(このあたりは診察した医師の判断になります)。

小さな局面型の苺状血管腫にヘマンジオルシロップを用いても効果はあるのですが、メリット(血管腫が小さくなる)とデメリット(心臓系への副作用)を考えると、小さな苺状血管腫への安易な使用は避けた方が良い事もあり、このように注意がなされているのです。

ではヘマンジオルシロップは苺状血管腫(乳児血管腫)に対してどのくらいの効果があるのでしょうか。

海外で行われた調査では、ヘマンジオルシロップを24週間投与し乳児血管腫が「治癒」または「ほぼ治癒」した症例は60.4%と報告されています。

また日本においても、ヘマンジオルシロップを24週間投与した調査において、乳児血管腫が「治癒」または「ほぼ治癒」した症例は78.1%と報告されています。

 

3.ヘマンジオルシロップにはどのような作用があるのか

ヘマンジオルシロップは苺状血管腫を小さくする効果があるお薬ですが、具体的にどのような作用機序を持っているのでしょうか。

実はヘマンジオルシロップがなぜ苺状血管腫に効果があるのか、その詳しい機序は明らかになっていません。

冒頭でも紹介したようにヘマンジオルシロップの主成分である「プロプラノロール」が苺状血管腫に効果がある事は全くの偶然に発見されたものです。そのためその機序の全ては未だ解明されていないのです。

しかし次のような機序が苺状血管腫の退縮に関係しているのではと考えられています。

 

Ⅰ.血管収縮作用

ヘマンジオルシロップの主成分であるプロプラノロールは、血管を収縮させる作用が確認されています。

イヌを用いた動物実験では、イヌの冠動脈(心臓を栄養する血管)を収縮させたことが報告されており、ヒトにおいても同様の作用を認める可能性は十分にあります。

ここから、ヘマンジオルシロップが苺状血管腫の血管を収縮させる事で同部の血流を減らし、血管腫を小さくするのではないかと考える事が出来ます。

 

Ⅱ.血管内皮細胞の増殖を抑える作用

ヘマンジオルシロップの主成分であるプロプラノロールは、血管の内腔を構成している血管内皮細胞の増殖を抑える作用がある事が報告されています。

具体的にはヒトの臍帯静脈内皮細胞、乳児血管腫由来の内皮細胞の増殖を抑える事が確認されており、この作用によって血管腫の増殖を抑える事が考えられます。

 

Ⅲ.アポトーシス誘導作用

ヘマンジオルシロップの主成分であるプロプラノロールは、血管内皮細胞のアポトーシスを誘導する作用がある事も報告されています。

アポトーシスというのは「細胞が自ら死んでいく」事です。細胞が死ぬ、というと悪いイメージを持つかもしれませんが、アポトーシスとは悪いものではありません。

身体全体を良い状態に保つために、役割を終えた細胞、身体に害を来たすようになってしまった細胞が自ら死をプログラムし、実行していくシステムがアポトーシスです。

例えば、私たちの身体の細胞は、時に癌化してしまう事があります。しかしその中で本当に「癌」として大きくなり私たちを苦しめるのはごく一部で、実はほとんどの癌化した細胞は、自らアポトーシスする事によって癌がどんどんと広がっていかないようにしています。

私たちは気付いていませんが、実はほとんどの癌は細胞が自らアポトーシスする事によって未然に進行が防がれているのです。

アポトーシスは複雑な機序によって引き起こされますが、アポトーシスを誘導する酵素の1つに「カスパーゼ」というものがあります。

プロプラノロールは、ヒトの臍帯静脈の内皮細胞、乳児血管腫由来の内皮細胞においてカスパーゼの活性を上げる事でアポトーシスを誘導する作用がある事が報告されています。

これによって血管腫が退縮していくのではないかと考えられています。

 

Ⅳ.心臓への作用

ヘマンジオルシロップの主成分である「プロプラノロール」は「インデラル」という商品名で元々は高血圧や心臓疾患(不整脈や心不全など)の治療薬として用いられているお薬でした。

という事は当然ヘマンジオルシロップも心臓への作用はあります。

インデラル(プロプラノロール)はβ遮断薬と呼ばれるお薬で、これは交感神経に存在するアドレナリンβ受容体をブロックするお薬になります。

交感神経というのは自律神経の1つです。自律神経というのは、私たちの意識とは無関係に自動的に活性化する神経の事で、その時の状況に応じて適切に身体の働きを調整してくれる神経です。

例えば私たちは普段意識しなくても呼吸してますし、心臓も脈を打ってます。「お腹を動かそう」と意識しなくても食べ物を食べれば適切に胃腸が動きます。

これらはすべて自律神経のおかげなのです。

自律神経には興奮の神経である「交感神経」と、リラックスの神経である「副交感神経」の2つがあります。自律神経が支配する臓器では、常にこの2つが綱引きをしており、適切な状態を作っているのです。

例えば仕事中などに高い集中力が必要な時は交感神経が活性化し、副交感神経はあまり活性化しません。反対に夜間にリラックスして身体を休めたい時は副交感神経が活性化し、交感神経はあまり活性化しません。

β遮断薬は、交感神経に存在するβ受容体をブロックするため、基本的には交感神経のはたらきを抑えます。つまり、身体をリラックスさせる方向にはたらくという事です。

β受容体にはβ1受容体とβ2受容体があります。β1受容体は主に心臓に多く分布し、活性化すると血圧を上げたり、脈を速くしたり、心臓の収縮力を強めたりします。

緊張するような場面で、身体が全力で動けるようにするため、このような変化が生じるのです。

一方でβ2受容体は気管や子宮に分布している事が知られています。

プロプラノロールのようなβ遮断薬は、このような機序により、

  • 血圧を下げる
  • 脈拍数を下げる
  • 心臓を休める

といった作用が期待できるのです。

しかし乳児血管腫の治療においてこれは、

  • 血圧が下がってふらつく・ボーッとする
  • 脈が遅くなりすぎてしまう

といった副作用として表れてしまう事があります。

 

4.ヘマンジオルシロップの副作用

ヘマンジオルシロップにはどのような副作用があるのでしょうか。また副作用の頻度はどのくらいなのでしょうか。

ヘマンジオルシロップの副作用発生率は31.3%と報告されています。これだけ見るととても副作用の多いお薬に見えますが、この調査は症例数が少なく(32例)、値は参考程度と考えるべきでしょう。

しかし本来高血圧や心臓疾患に用いられている成分であり、乳幼児の心臓にも影響を与えるお薬である事には間違いありませんので、慎重に投与する必要があります。

生じうる副作用としては、

  • 下痢
  • 肝機能障害(AST、ALT増加)
  • 血圧低下
  • 末梢冷感
  • 睡眠障害、悪夢

などが報告されています。

ヘマンジオルシロップは元々は血圧や脈拍を下げる作用を持つお薬が主成分ですから、血圧が下がったり、手足の血流が少なくなる事で末梢の冷感が生じたりすることがあります。

また下痢といった消化器症状や睡眠の異常も認める事があります。

頻度は多くはありませんが重篤な副作用として、

  • 低血圧
  • 徐脈、房室ブロック
  • 低血糖
  • 気管支痙攣
  • 高カリウム血症
  • 無顆粒球症

が報告されています。

元々心臓を休めるお薬ですので、心臓を休めすぎて脈が過度に少なくならないよう、注意しなければいけません。

 

5.ヘマンジオルシロップの用法・用量と剤形

ヘマンジオルシロップには、

ヘマンジオルシロップ小児用 0.375% 120ml

といった剤型があります。

ヘマンジオルシロップは乳幼児が服用しやすいようにバニラいちご味になっており、ご両親がお子様にあげやすいよう、ピペットで投与できるようになっています。

またお子様がジュースやお菓子と間違えて飲んでしまわないように、簡単には開けられない構造となっているのも特徴です。

ヘマンジオルシロップの入った瓶の蓋は、キャップを下に強く押しながら、回さないと開きません。

ヘマンジオルシロップの使い方は、

通常、1日1mg/kg~3mg/kgを2回に分け、空腹時を避けて経口投与する。投与は1日1mg/kgから開始し、2日以上の間隔をあけて1mg/kgずつ増量し、1日3mg/kgで維持するが、患者の状態に応じて適宜減量する。

となっています。

ヘマンジオルシロップは投与する乳幼児の体重によって変わってきます。

また服用する事で血糖値が下がる可能性があるため、空腹時を下げて投与する必要があります。

 

6.ヘマンジオルシロップが向いている人は?

最後にヘマンジオルシロップが向いている人はどんな人なのかを考えてみましょう。

ヘマンジオルシロップの特徴をおさらいすると、

【ヘマンジオルシロップの特徴】

・苺状血管腫(乳児血管腫)を退縮させる効果がある飲み薬である
・元々は高血圧や心臓疾患に使われていたお薬であり、血圧を下げたり脈拍を落とす作用がある
・血管腫の増殖を抑えたり、腫瘍細胞のアポトーシスを誘導する作用があると考えられている
・血圧低下や徐脈などの副作用に注意

というものでした。

従来、苺状血管腫の治療法としてはレーザー照射が一般的でした。レーザー照射は、レーザー光を当てることで、特定の色調の細胞を破壊する治療法です。

レーザー光は様々な波長のものがあり、波長によって吸収されやすい色調が異なります。

赤血球中のヘモグロビンに吸収されやすい波長のレーザー光を苺状血管腫に当てると、レーザー光はヘモグロビンが存在する赤血球に吸収されます。そしてヘモグロビンに吸収されたレーザー光の光エネルギーはそこで熱変換され、血管腫を破壊します。

これによって毛細血管の増殖からなる苺状血管腫を治療する事が出来るのです。

レーザー照射は有効な治療法に違いはありませんが、いくら局所を狙って照射するとは言っても、多少正常の皮膚にもダメージを与えてしまうため、治療の際に痛みを感じたり皮膚を障害してしまう事もあります。

特に乳幼児の皮膚は薄く敏感であるため、レーザー照射による副作用は決して軽視できません。

ヘマンジオルシロップは今までこのような侵襲度の高い治療法しかなかった苺状血管腫の治療に「飲み薬で治す」という新しい選択肢を作った画期的なお薬です。

もちろん心臓へ作用する事から副作用には注意が必要ですが、正しく使えば安全に苺状血管腫を治療する事が出来ます。

またヘマンジオルシロップだけでは苺状血管腫が治らなかったとしても、ヘマンジオルシロップによって多少退縮が得られれば、レーザーを当てる量も少なくなるため、やはり患者さんの身体的な負担を軽減させる事が期待できます。