ヘプセラ錠(一般名:アデホビル ピボキシル)は2004年から発売されているお薬です。B型肝炎ウイルス(HBV)の増殖を抑える事で、慢性B型肝炎を改善させる作用を持ちます。
B型肝炎ウイルスに感染しても、私たちの身体は自力でウイルスをやっつけてしまう事もあります。一方で、ウイルスをやっつける力が弱い状態で感染してしまうと、B型肝炎ウイルスをやっつけきれずに体内にウイルスが残存してしまう事もあり、これは慢性化と呼ばれます。
慢性化を放置しておくと、肝臓は徐々に痛めつけられていき、肝硬変や肝細胞癌といった命に関わるような疾患が引き起こされるリスクがあります。
ヘプセラは、このような慢性B型肝炎の方の体内に存在するHBVの増殖を抑える事で、なるべく肝臓が痛まないようにし、肝硬変や肝細胞癌が発症するのを抑える作用があります。
とても頼りになるお薬ですが、使用に当たっては注意点も多く、必ずB型肝炎治療に熟知している医師の元で使用する必要があります。
ヘプセラはどのような特徴のあるお薬で、どのような患者さんに向いているお薬なのでしょうか。ここではヘプセラの特徴や効果・副作用についてお話させて頂きます。
1.ヘプセラの特徴
まずはヘプセラの特徴を紹介します。
ヘプセラはB型肝炎ウイルスの増殖を抑えるお薬になります。
効果は中等度ですが、使用中にお薬が効かなくなってしまう事(耐性化)が少ないという利点があります。デメリットとしては腎臓に負担をかけやすい点が挙げられます。
ヘプセラは元々はHIV(エイズ)感染の治療薬として開発されました。
HIVウイルスは増殖する時に、「逆転写酵素(DNAポリメラーゼ)」という酵素を使って自分の遺伝子を複製します。ヘプセラはHIVウイルスの逆転写酵素のはたらきをブロックする作用があり、これによりHIVウイルスを増殖できなくします。
しかしHIVウイルスの治療に使うためには高用量のヘプセラが必要であり、その量だと腎臓にダメージが生じやすかったため、残念ながらHIVの治療薬としては発売できませんでした。
しかしヘプセラはHIVと同様、B型肝炎ウイルスにおいても逆転写酵素のはたらきをブロックし、B型肝炎ウイルスが増殖にできないようにするはたらきがありました。更にHIVと異なり、B型肝炎ウイルスの増殖を抑えるためには少量のヘプセラで効果を認めたため、ヘプセラはB型肝炎ウイルスの治療薬として発売される事となりました。
ヘプセラのようにB型肝炎ウイルスの増殖を遺伝子(核酸)レベルで抑えるお薬を「核酸アナログ製剤」と呼びます。ヘプセラは核酸アナログ製剤の中で2番目に発売されたお薬になります。
近年ではヘプセラよりも治療成績に優れる新しい核酸アナログ製剤も出てきたため、ヘプセラが使われる機会は少なくなってきましたが、安定した効果のあるヘプセラは現在でも使われる事のあるお薬でもあります。
メリットとしては、お薬の耐性化が少ない点が挙げられます。
ヘプセラと同じB型肝炎ウイルスの治療薬にゼフィックスというお薬があるのですが、ゼフィックスはヘプセラと同等の効果があるものの、使用を続けていると、一定の割合でゼフィックスが効かなくなってしまう(耐性化)という事がありました。
これはゼフィックスを使用中にB型肝炎ウイルスが変異してしまうためです。変異ウイルスが出現してしまった場合、それ以上ゼフィックスのみを投与しても意味がありませんので、お薬を追加する必要があります。
ヘプセラもゼフィックスのように使用中にウイルスが耐性化してしまう事はあるのですが、ゼフィックスと比べるとその頻度は大分少なくなっています。
デメリットとしては、ヘプセラは腎臓に負担がかかりやすいお薬である事が挙げられます。そのため腎臓系の副作用は生じる事があり、また腎機能が悪い方は使用に注意が必要になります。
またヘプセラを中止すると、中止後にウイルスが再増殖してしまい、肝機能悪化や肝炎を引き起こす事があります。そのため中止の判断は医師が慎重に行い、勝手にやめる事をしてはいけません。
以上からヘプセラの特徴として次のような点が挙げられます。
【ヘプセラの特徴】
・B型肝炎ウイルスの増殖を抑える作用がある
・ゼフィックスが効かなくなってしまった変異ウイルスにも効果を示す
・腎臓に負担をかけやすい。腎機能の悪い方は特に注意
・中止した際に肝機能悪化や肝炎が生じるリスクがある
2.ヘプセラはどのような疾患に用いるのか
ヘプセラはどのような疾患に用いられるのでしょうか。添付文書には次のように記載されています。
【効能又は効果】
B型肝炎ウイルスの増殖を伴い肝機能の異常が確認されたB型慢性肝疾患におけるB型肝炎ウイルスの増殖抑制
とても難しく書かれていますね。
これを読んだだけでは、「B型肝炎に使うお薬っぽい」という事は何となく分かりますが、具体的にどのような方が適応になるのかイメージが沸きにくいと思います。
ヘプセラはB型肝炎ウイルスに感染しているだけで投与されるお薬ではありません。
適応となるのは、
- B型肝炎ウイルス量が多い状態であり(B型肝炎ウイルスの増殖を伴い)、
- B型肝炎を発症していて(肝機能の異常が確認された)、
- 慢性化している(B型慢性肝炎)
時に使用できるお薬になります。
具体的にこれに該当する状態がどのような状態なのかを考えるために、まず私たちはどのようにB型肝炎ウイルス(HBV)に感染するのかを見てみましょう。
HBVは、何らかの原因によって私たちの血液中に侵入する事で感染します。感染する経路としては主に、
- 垂直感染(産道感染)
- 水平感染(性行為など)
があります。
垂直感染(産道感染)とは、母親から子供に感染してしまう経路になります。これはHBVに感染している母親が出産する際、子供が産道を通る時に母親の血液が子供の体内に入ってしまうと感染してしまいます。
水平感染は主に性行為などが原因になります。HBVに感染している方との性行為によって、血液がHBVに感染していない方の体内に入ってしまうと感染します。
しかしHBVに感染してもすべての人が肝炎になるわけではありません。身体の中にHBVはいるものの、肝炎が生じてない方もいらっしゃいます。
この状態(HBVに感染しているけど、肝炎を起こしてない状態)は、「無症候性キャリア」と呼ばれます。
HBVは肝臓に住み着いてしまうウイルスですが、HBV自体は肝臓を攻撃する事はほとんどありません。ではなぜ肝炎が起こるのかというと、HBVが体内に侵入してくると、私たちの身体の免疫システム(ばい菌などの異物を排除するシステム)がそれを感知しHBVを攻撃するからです。
この免疫システムがHBVを攻撃すると、HBVが住み着いている肝臓もダメージを受けてしまうため、B型肝炎が発症してしまうのです。
また免疫系の攻撃によってHBVをやっつける事が出来れば、一時的に肝炎が生じてもその後は「治癒(HBVが体内から排除された状態)」となりますが、中には免疫系が十分にHBVを排除できなかったり、免疫系が十分に機能せずにHBVを発見できない場合もあり、この場合は感染が慢性化してしまう事になります。
慢性化してしまうと、何年・何十年と長期間に渡ってHBVが住み着いている肝臓を免疫システムが攻撃し続けるため、肝臓が痛みやすく、肝硬変や肝細胞癌を発症しやすくなってしまいます。
このような状態に対してヘプセラは投与する事が出来ます。
ヘプセラは投与する事で、HBVの増殖が抑える事が出来ます。すると、免疫システムが肝臓を攻撃しにくくなるため、肝臓が痛みにくくなるのです。その結果、肝硬変や肝細胞癌を発症させにくくする事が出来ます。
では、ヘプセラを投与できる3つの条件、
- B型肝炎ウイルス量が多い状態であり、
- B型肝炎を発症していて、
- 慢性化している
はどのように判定すればよいのでしょうか。
現在B型肝炎ウイルスに感染しているのかどうかは、血液検査で判定する事が出来ます。
検査項目としては「HBs抗原」が現在のHBV感染の有無を調べる項目となり、これが陽性であれば、現在体内にHBVが存在すると考えられます。
また現在B型肝炎ウイルスが多い状態なのかどうかを判断するには、「HBV-DNA」「HBe抗原」を血液検査で確認する事で推定できます。
血液検査でHBV-DNAが高値であったり、HBe抗原が陽性だと、ウイルス量が多く活発に活動している状態であると考える事が出来ます。
次に肝炎を発症しているかどうかはどのように判断すればいいでしょうか。
HBVに感染していても必ず肝炎を起こしているわけではないため、B型肝炎を起こしているのかどうかは、血液検査の肝機能の項目を調べたり、超音波検査で肝臓を調べたり、あるいは生検(針を刺して肝細胞を採取する)などの方法があります。
血液検査の場合「ALT」という項目が1つの指標になり、B型肝炎ウイルスの存在が確認された上でこれが増加している場合(ALT>30)、肝炎を発症している可能性が高くなります。
このようなケースに対してヘプセラは投与されます。
では、ヘプセラは慢性B型肝炎に対してどのくらいの効果があるのでしょうか。
慢性B型肝炎にヘプセラを投与した調査では、同じく慢性B型肝炎の治療薬である「ゼフィックス」とほぼ同等の効果が得られる事が確認されています。
またB型肝硬変にヘプセラを48週間投与した調査では、
- HBe抗原陽性の患者さんの肝組織像が改善した率は53%(プラセボでは25%)
- HBe抗原陰性の患者さんの肝組織像が改善した率は64%(プラセボでは33%)
と報告されています。
3.ヘプセラにはどのような作用があるのか
ヘプセラはB型肝炎ウイルスの増殖を抑える作用を持ちますが、どのような作用機序なのでしょうか。
ヘプセラの作用機序を理解するためには、そもそもB型肝炎ウイルスがどのように増殖するのかを理解する必要があります。
B型肝炎ウイルスは私たちの血液中への侵入に成功すると、血液に乗って肝臓に到達し、肝細胞の中に入り込みます。
肝細胞の中でB型肝炎ウイルスは、肝細胞のRNAポリメラーゼという酵素を利用して、自分のDNA情報を複写し、また自分が持っているDNAポリメラーゼという酵素によって複写したDNA情報から新しいDNAを合成します。
新しいDNAから新しいB型肝炎ウイルスが作られます。このような機序でB型肝炎ウイルスはどんどん増殖していきます。そして増殖したB型肝炎ウイルスは次々と肝細胞に感染していきます。
ではヘプセラはどのようにしてこの増殖を抑えているのでしょうか。
ヘプセラはB型肝炎ウイルスがDNAポリメラーゼを使ってDNAを複製する際に必要なdATP(アデニン)という物質と似た構造を持っています。
いわばdATPのニセモノというわけです。
DNAポリメラーゼはヘプセラをdATPだと思って取り込み、DNAを複製しようとしますが、ヘプセラはdATPと異なって、DNAを複製するために機能してくれません。
そのためヘプセラを取り込んでしまったDNAポリメラーゼは、B型肝炎ウイルスのDNAを複製できなくなってしまいます。
その結果、B型肝炎ウイルスの増殖が抑えられるというわけです。
4.ヘプセラの副作用
ヘプセラにはどのような副作用があるのでしょうか。またその頻度はどのくらいなのでしょうか。
ヘプセラの副作用発生率は7.7%と報告されています。
生じうる副作用としては、
- 動悸
- 悪心
- 背部痛
- 胃炎
- 発疹
- 貧血
などが報告されています。
臨床検査値の異常の発生率は7.3%と報告されており、
- クレアチニン増加
- 腎機能障害
が報告されています。
また、稀ではありますが重篤な副作用として、
- 腎不全、ファンコニー症候群等の重度の腎機能障害
- 骨軟化症
- 骨折
- 乳酸アシドーシス及び脂肪沈着による重度の肝腫大(脂肪肝)
が報告されています。
ヘプセラの注意点としては、腎臓に負担がかかりやすい点が挙げられます。
また骨軟化症や骨折はヘプセラが腎臓にダメージを与えてしまうと尿細管障害による低リン血症となりうるためです。リンが少なくなると骨の生成と破壊のバランスが崩れるため、骨がもろくなります。
乳酸アシドーシスになるのは、ヘプセラがDNAポリメラーゼのはたらきをブロックしてしまうためです。B型肝炎ウイルスのDNAポリメラーゼだけをブロックするのではなく、ミトコンドリアに存在するDNAポリメラーゼγという酵素のはたらきもブロックしてしまい、これにより乳酸アシドーシスが生じます。
乳酸アシドーシスの症状としては、全身倦怠、食欲不振、急な体重減少、胃腸障害、呼吸困難、頻呼吸、アミノトランスフェラーゼの急激な上昇などがあります。
5.ヘプセラの用法・用量と剤形
ヘプセラは次の剤型が発売されています。
ヘプセラ錠 10mg
ヘプセラの使い方は、
通常、成人には、1回10mgを1日1回経口投与する。
と書かれています。
ヘプセラは腎臓に負担をかけやすいお薬のため、腎機能が元々悪い方は投与量を調整する必要があります。
腎機能を見る指標の1つに「クレアチニンクリアランス(CCr)」という数値があります。
健常者のCCrはおおむね100mL/分ですが、
・CCr≧50mL/分であれば10mgを1日1回
・CCrが30~49mL/分であれば10mgを2日に1回
・CCrが10~29mL/分であれば10mgを3日に1回
・血液透析患者さんでは、透析後に10mgを週に1回
と調整の必要があります。
またB型肝炎ウイルスを増殖を抑える核酸アナログ製剤に、ゼフィックス(一般名:ラミブジン)というお薬があります。
ゼフィックスもヘプセラと同等の効果があるお薬なのですが、ゼフィックスは使用中にウイルスが変異してしまう事があります。
この変異ウイルスを「YMDD変異ウイルス」と呼びますが、このようにウイルスが変異してしまうとゼフィックスは効かなくなってしまいます。
YMDD変異ウイルスになってもヘプセラは効きますので、このような場合はヘプセラを使いますが、この場合はゼフィックスを中止するのではなく、ゼフィックスは継続したままでヘプセラを併用する事が決められており、ヘプセラ単剤で使ってはいけません。
この理由は、このようなケースにおいて、ゼフィックスを中止してヘプセラ単剤で治療を行ったところ、ヘプセラにも耐性化になってしまう例が多く認められたためです。
また保管方法として、ヘプセラは吸湿性があるため容器内で保存し、かつ容器内に常時乾燥剤(シリカゲルなど)を入れておく必要があります。
6.ヘプセラはいつまで続けるのか?
ヘプセラはいつまで服用を続ける必要があるのでしょうか。
ヘプセラの服用を中止検討できる基準として、
(1)核酸アナログ薬投与開始後2年以上経過
(2)中止時、血中HBV-DNAが検出感度以下
(3)中止時、血中HBe抗原が陰性
が挙げられています(B型肝炎治療ガイドラインより)。
この基準について詳しく説明します。
そもそも、中止する一番理想的な状況というのは、「体内からHBVがいなくなった時」です。これはHBs抗原の陰性化で確認できますが、ヘプセラはHBVをやっつけるお薬ではなく、あくまでも増殖を抑えるだけのお薬ですので、これは容易ではありません。
そのため、完全にHBVが体内から排除されなくても、肝臓がダメージを受けるリスクが低いと判断されれば、ヘプセラの中止が検討される事があります。
HBe抗原というのは、HBVの内部に存在する抗原です。この抗原が多く認められる(陽性)という事は、HBVが活発に増殖しているという事が出来ます。そのため、HBe抗原はウイルス量の多さを示す1つの指標となります。
反対にHBe抗原が陰性だという事は、HBVは完全に排除されているかは分かりませんが、少なくともHBVの増殖が弱まっているという事が出来ます。
またHBV-DNA(HBVのDNA)が高値であれば、HBVがたくさん体内にいる事が推測されるため、ヘプセラを使用した方が良く、反対にHBV-DNAが極めて少なければ、HBVの量が少なくなっていると考えられるため、ヘプセラの中止が検討できます。
ただしいずれにせよ、急にヘプセラを中止するとHBVが再度増殖してしまい、肝機能が悪化したり肝炎を引き起こしたりする可能性があるため、中止後も定期的に血液検査などで肝機能評価を行う必要があります。