ハイトラシン錠(一般名:テラゾシン塩酸塩水和物)は1991年に発売されたお薬で「α遮断薬(αブロッカー)」という種類に属します。
ハイトラシンには「血圧を下げる作用」と「尿を出しやすくする作用」の2つの作用があり、「高血圧症」と「前立腺肥大症」の治療薬として用いられています。
一見すると全く異なる2つの作用を持つハイトラシンは、上手に使えば1剤で一石二鳥の効果が期待できるお薬です。
ハイトラシンはどのような特徴のあるお薬で、どのような患者さんに向いているお薬なのでしょうか。
ここではハイトラシンの特徴や効果・副作用について紹介していきます。
目次
1.ハイトラシンの特徴
まずはハイトラシンの特徴をざっくりと紹介します。
ハイトラシンはα受容体をブロックする事で血圧を下げたり、尿道を広げる作用を持ちます。効果は強くはありませんが、上手に使えば1剤で複数の効果が得られるお薬です。
ハイトラシンは最初、「降圧剤(血圧を下げるお薬)」として発売されました。アドレナリン受容体のうち、α(アルファ)1受容体をブロックする事で血圧を下げてくれるお薬になります。
α1受容体は交感神経に存在し、血圧を上げる作用があるため、これがブロックされると血圧が下がるのです。
交感神経は緊張や興奮した時に活性化する神経です。交感神経が活性化すると、血管の周りを覆っている筋肉である「平滑筋」を収縮させるため、血管も収縮します。
血管が収縮すると、血管の中にある血液が血管壁を押す力(血圧)が強くなります。これによって血圧が上がるのです。
この作用をブロックするのがハイトラシンです。
ハイトラシンは交感神経のα1受容体をブロックする事で、血管平滑筋が収縮できないようにします。すると血管は収縮できずに拡張するため、血圧が下がるというわけです。
また発売後、ハイトラシンは前立腺や膀胱・尿道に存在する平滑筋もゆるめるはたらきがある事が分かりました。尿道を覆っている平滑筋がゆるめば尿道も広がりますので、尿が出やすくなります。
前立腺肥大症では、尿道を囲むように位置している前立腺が肥大する事で、尿道を締め付けてしまいます。これによって排尿障害(尿が出にくくなる)が認められます。この場合、平滑筋をゆるめる事が出来れば、前立腺による締め付けが軽減されて尿が出やすくなります。
ハイトラシンは作用時間は長くはないため、1日1回の服用では効果は1日持続しません。そのため、1日2回に分けて服用する必要があります。
また、血管と尿道のどちらにも作用するというのはメリットでもある一方で、「余計なところにも作用してしまう」という副作用のリスクにもなりえます。複数の効果が欲しい時には便秘なお薬ですが、1つの効果しか必要ない時は、余計な作用が出るお薬になってしまいますので、服用する際はお薬の特徴を良く理解してから始める必要があります。
ハイトラシンをはじめとしたα遮断薬は、特に服用初期は急激に血圧を下げてしまう事があります。そのため少量より用いて、少しずつ量を増やすように決められています。急に高用量を使用すると、めまいやふらつきをはじめ、脳梗塞や心筋梗塞が発症する危険もありますので、必ず用法・用量を守って使用する事が大切です。
以上からハイトラシンの特徴として次のような点が挙げられます。
【ハイトラシンの特徴】
・1剤で血圧を下げる作用と、前立腺肥大症に伴う排尿障害を改善する作用が得られる
・作用は強くはなく、穏やか
・複数の部位に作用するため、余計な作用(副作用)に注意
・いきなり高用量からはじめると急激に血圧が下がってしまう事がある
・1日2回に分けて服薬する必要がある
2.ハイトラシンはどんな疾患に用いるのか
ハイトラシンはどのような疾患に用いられるのでしょうか。添付文書には次のように記載されています。
【効能又は効果】
〇 本態性高血圧症、腎性高血圧症、褐色細胞腫による高血圧症
〇 前立腺肥大症に伴う排尿障害
ハイトラシンが用いられる主な疾患は二つで、
- 高血圧症
- 前立腺肥大症(に伴う排尿障害)
です。
高血圧症に対しては、現在ではハイトラシンのようなα遮断薬は最初から用いるお薬ではありません。高血圧症治療ガイドラインにおいても、
高血圧に対する第一選択薬は、
〇 カルシウム拮抗薬
〇 ARB(アンジオテンシンII 受容体拮抗薬)
〇 ACE阻害薬(アンジオテンシン変換酵素阻害薬)
〇 利尿薬のいずれか
と記載されており、ハイトラシンのようなα遮断薬は第一選択にはなっていません。これはα遮断薬は、これら第一選択のお薬と比べて心血管系イベントを抑制する効果が低いという研究結果があり、そういったものが理由となっていると思われます。
そのため、現在では上記の第一選択薬を使っても十分に血圧が下がらない場合に追加される補助的な降圧剤、という位置づけになっています。
ただし高血圧症の中でも褐色細胞腫にはα遮断薬は積極的に用いられます。褐色細胞腫は、副腎という臓器にアドレナリンを過剰分泌してしまう腫瘍が出来てしまう病気で、それによって血圧が異常に上昇してしまいます。
治療は腫瘍を手術で摘出するのが原則ですが、一時的にお薬で血圧を下げる事もあります。褐色細胞腫ではアドレナリンの増加が血圧上昇の原因になっていますので、アドレナリン受容体をブロックする作用を持つα遮断薬は良く効きます。
また本態性高血圧症とは、原因が特定されていない高血圧の事です。いわゆる通常の高血圧の事で、高血圧症の9割は本態性高血圧になります。
本態性でない高血圧は「二次性高血圧」と呼ばれ、これは何らかの原因があって二次的に血圧が上がっているような状態を指します。これにはお薬の副作用による血圧上昇、ホルモン値の異常による高血圧(原発性アルドステロン症など)があります。
本態性高血圧のほとんどは単一の原因ではなく、喫煙や食生活の乱れ、運動習慣の低下などの複数の要因が続く事による全身の血管の動脈硬化によって生じます。
腎性高血圧は二次性高血圧の1つで、何らかの原因で腎臓に障害が生じて血圧が上がってしまう疾患です。例えば糖尿病による腎障害などが原因として挙げられます。腎臓は尿を作る臓器ですので、腎臓に障害が生じると尿を作りにくくなり、身体の水分が過剰となるため血圧が上がります。
前立腺肥大症とは、その名の通り前立腺が肥大してしまう疾患です。前立腺は前立腺液を作る臓器で、これは精子の一部となる液です。男性にしかない臓器であるため、前立腺肥大症は男性特有の疾患になります。
なぜ前立腺が肥大するのかははっきりとは分かっていませんが、加齢や高血圧、高脂血症、遺伝などが関係すると言われています。特に加齢の影響は大きく、高齢者では高い確率で前立腺肥大症が認められます。
前立腺は膀胱の下部にあり尿道を囲むようにして存在しています。そのため、前立腺が肥大すると尿道が締め付けられ尿が出にくくなってしまいます。
ハイトラシンはこれらの疾患に対してどのくらいの効果があるのでしょうか。
高血圧症に対してハイトラシンを投与した調査では、ハイトラシンによって血圧が「下降」以上に低下した例を「有効」と判定すると、その有効率は、
- 本態性高血圧症に対する有効率は64.8%
- 腎性高血圧症に対する有効率は52.6%
- 褐色細胞腫による高血圧症に対する有効率は64.7%
であったと報告されています。
また前立腺肥大症に伴う排尿障害に対してハイトラシンを投与した調査では、自覚症状や尿流量などが「改善」以上と判定された率は、52.2%と報告されています。
3.ハイトラシンにはどのような作用があるのか
ハイトラシンはどのような作用を持つお薬なのでしょうか。
ハイトラシンは主に
- 高血圧症
- 前立腺肥大症にともなう排尿障害
に対して用いられます。
どちらもアドレナリン受容体のうち、α1受容体をブロックすることで作用を発揮します。
交感神経に存在するα1受容体がブロックされると、平滑筋という筋肉が収縮できなくなり、ゆるむ事が知られています。血管を覆っている平滑筋がゆるめば血管が広がって血圧が下がりますし、尿道を覆っている平滑筋が緩めば尿道が広がって尿が出やすくなります。
1つの薬で血圧も下げてくれて、尿も出やすくしてくれる、というのは大変ありがたいことですが、これは逆に言えば「選択性が低い」という事でもあります。
例えば、同じα遮断薬でも
・カルデナリン(一般名:ドキサゾシン)
は高血圧症にしか適応がありません。
また、
・ハルナール(一般名:タムスロシン)
・フリバス(一般名:ナフトピジル)
・ユリーフ(一般名:シロドシン)
もα1遮断薬ですが、こちらは「排尿障害」にしか適応がありません。
これらは一つのお薬で一つの作用しかありませんが、逆に言えば「血管に選択的に効く」「膀胱・前立腺に選択的に効く」という意味でもあり、狙った場所以外には作用しにくい精度の高いお薬という事でもあります。
選択性が高いお薬と選択性が低いお薬、これはどちらがいいのかは一概にはいえず、症状によって異なります。主治医に自分の症状をよく相談して、自分にとって最適なお薬を選択してもらいましょう。
4.ハイトラシンの副作用
ハイトラシンにはどんな副作用があるのでしょうか。また副作用はどのくらいの頻度で生じるのでしょうか。
ハイトラシンの副作用発生率は、
- 高血圧症への投与に対する副作用発生率は2.75%
- 前立腺肥大症への投与に対する副作用発生率は5.83%
と報告されています。
生じうる副作用としては、
- めまい、ふらつき、立ちくらみ
- 動悸
- 頭痛、頭重感
- 貧血
- 低血圧
などが報告されています。
これらの副作用の多くは血圧が急に下がる事で生じます。また動悸は、血圧が下がった事で低下した血液量を、心拍数を増やす事で代償的に補おうとするために生じます。
頻度は稀ですが重篤な副作用としては、
- 意識喪失
- 肝機能障害、黄疸
が挙げられています。
血圧が急に下がると、めまい・ふらつきが急に生じ、意識を失ってしまう事があります。
またハイトラシンは主に肝臓で代謝されるため、肝臓に負担がかかって肝障害が生じることがあり、それに伴い血液検査で肝臓系酵素の上昇が認められることがあります。
特に肝障害が元々ある方は特に注意しなければいけませんので、事前に主治医に自分の病気についてしっかりと伝えておきましょう。
ハイトラシンを投与してはいけない人(禁忌)としては、
- ハイトラシンの成分に対し過敏症の既往歴のある方
が挙げられています。これはハイトラシンに限らずあらゆる薬で設定されている禁忌項目になります。
5.ハイトラシンの用法・用量と剤形
ハイトラシンは次の剤型が発売されています。
ハイトラシン錠 0.25mg
ハイトラシン錠 0.5mg
ハイトラシン錠 1mg
ハイトラシン錠 2mg
の4剤型が発売されています。
ハイトラシンの使い方は使用する疾患によって異なります。
高血圧症に用いる場合は、
通常、成人1日0.5mg(1回0.25mgを1日2回)より投与を始め、効果が不十分な場合は1日1~4mgに漸増し、1日2回に分割経口投与する。
なお、年齢、症状により適宜増減するが、1日最高投与量は8mgまでとする。
と書かれています。
前立腺肥大症に伴う排尿障害に用いる場合は、
通常、成人1日1mg(1回0.5mgを1日2回)より投与を始め、1日2mgに漸増し、1日2回に分割経口投与する。
なお、症状により適宜増減する。
と書かれており、高血圧症と比べると少なめの量で使用する事が分かります。
6.ハイトラシンが向いている人は?
以上から、ハイトラシンが向いている人はどんな人なのかを考えてみましょう。
ハイトラシンの特徴をおさらいすると、
・1剤で血圧を下げる作用と、前立腺肥大症に伴う排尿障害を改善する作用が得られる
・作用は強くはなく、穏やか
・複数の部位に作用するため、余計な作用(副作用)に注意
・いきなり高用量からはじめると急激に血圧が下がってしまう事がある
・1日2回に分けて服薬する必要がある
などがありました。
臨床でハイトラシンを用いるのは、
・褐色細胞腫に伴う高血圧症
・他の降圧剤では効果不十分な時
・高血圧と前立腺肥大症を合併している
といった状況が考えられます。
高血圧に対して、ハイトラシンのようなα遮断薬は最初に選択されるお薬にはなりません。唯一、褐色細胞腫に関してはα遮断薬が良く効きますので、第一選択で用いられます。
あとは他の降圧剤(ARB、ACE阻害薬、β遮断薬、カルシウム拮抗薬、利尿剤など)を用いても効果が不十分な時に、追加で補助的に用いるお薬になります。
また前立腺肥大症に関しても、現在ではハイトラシンよりも新しいお薬がたくさんありますのでハイトラシンが処方される頻度は多くはありません。ハイトラシンがダメなお薬というわけではありませんが、前立せんや尿道により選択的に効く、効果が良くて副作用の少ない新薬がたくさんあるため、わざわざハイトラシンが選ばれる事がないためです。
しかし高血圧と前立腺肥大症を合併している方にとっては、1剤で2つの疾患へ効果が得られるハイトラシンはメリットがあり、選択される事があります。