ノルモナール錠(一般名:トリパミド)は1982年から発売されているお薬で、降圧剤(血圧を下げるお薬)の一種です。
降圧剤の中でも、尿量を増やす事で身体の水分を減らして血圧を下げる「降圧利尿剤」であり、更に降圧利尿剤の中でも「チアジド類似薬(サイアザイド類似薬)」という種類に属します。
高血圧症の患者さんは日本で1000万人以上と言われており、降圧剤は処方される頻度の多いお薬の1つです。
降圧剤にも様々な種類がありますが、その中でノルモナールはどのような特徴を持つお薬で、どのような方に向いているお薬なのでしょうか。
ここではノルモナール錠の特徴や効果・副作用についてみていきましょう。
目次
1.ノルモナールの特徴
ノルモナールはどのような特徴を持つお薬なのでしょうか。
ノルモナールは利尿剤であり、尿量を増やす事で血圧を下げるはたらきがあります。利尿剤の中でも「チアジド類似薬」という種類に属します。
利尿剤には「ループ利尿剤」「カリウム保持性利尿剤」「チアジド系」などいくつかの種類があります。
まずは利尿剤の中でのチアジド類似薬がどんな特徴を持ったお薬なのかを紹介しましょう。
【チアジド類似薬の特徴】
・基本的な薬効はチアジド系と同じ |
チアジド類似薬は、その名の通り「チアジド系」に似た作用機序を持つお薬です。成分の化学的な構造はチアジド系と異なりますが、実際の作用機序や効果・副作用などはチアジド系とほとんど変わりません。
チアジド系に似ているけども厳密には異なるため「非チアジド系(非サイアザイド系)」と呼ばれる事もあります。
チアジド類似薬はチアジド系と同様に、尿量を増やす事で血圧を下げるお薬です。
このような作用機序を持つ降圧剤は「利尿剤」と呼ばれますが、利尿剤のざっくりとした考え方としては、
『尿量を増やす事で体内の水分量が減る。体内の水分量が減れば水分から出来ている血液の量も減るため、血圧が下がる』
というイメージを持って頂ければよいでしょう。厳密な機序はもう少し複雑ですが、これについては後述しますので現時点ではこのようにイメージしてください。
チアジド類似薬は利尿剤の中では、利尿作用(尿量を増やす作用)は弱めです。利尿作用の強い利尿剤には「ループ利尿剤」がありますがループ利尿剤と比べるとチアジド類似薬の利尿作用は力不足な感はあります。
しかしチアジド類似薬はループ利尿剤と比べ、血圧を下げる力は強めです。
そのため、むくみを多少抑えつつ血圧をしっかり下げたいような時には適しています。チアジド類似薬の特徴は、利尿剤ではあるものの水分を排泄する力(利尿作用)はそこまで強くなく、血圧を下げる力(降圧作用)に優れる点なのです。
チアジド類似薬はNa+(ナトリウムイオン)を尿中に多く排泄させる事で、身体の中のNa+量を減らし、これにより血圧を下げます。Na+が尿中に多く移動すると、浸透圧の関係で水分も尿中に移動します。これによって体内の水分量も減り、血圧が下がるのです。
またそれ以外にもチアジド類似薬は血管平滑筋を弛緩させるはたらきもあり、これらも血圧を下げるはたらきになります。このような複合的な作用によって血圧を下げてくれるのです。
では次にチアジド類似薬の中でのノルモナールの特徴を紹介します。
【チアジド類似薬の中でのノルモナールの特徴】
・特になし(一般的なチアジド類似薬) |
ノルモナールはチアジド類似薬の中で何か大きな特徴があるお薬ではありません。
もちろんだからといって悪いお薬だというわけではなく、「一般的なチアジド類似薬」といったお薬です。
以上からノルモナールの特徴を挙げると次のようになります。
【ノルモナールの特徴】
・尿量を増やす事で血圧を下げる降圧利尿剤である |
2.ノルモナールはどんな疾患に用いるのか
ノルモナールはどのような疾患に用いられるのでしょうか。添付文書には次のように記載されています。
【効能又は効果】
本態性高血圧症
ノルモナールは利尿剤に属し、主に尿量を増やす事で血圧を下げます。そのため血圧が高い方(高血圧症)に用いられます。
また保険適応ではありませんが、むくみ(浮腫)のある方に対しても多少効果が期待できます。
本態性高血圧症とは、原因が特定されていない高血圧の事です。いわゆる通常の高血圧の事で、高血圧症の9割は本態性高血圧になります。
本態性でない高血圧は「二次性高血圧」と呼ばれ、これは何らかの原因があって二次的に血圧が上がっているような状態を指します。これにはお薬の副作用による血圧上昇、ホルモン値の異常による高血圧(原発性アルドステロン症など)があります。
本態性高血圧のほとんどは単一の原因ではなく、喫煙や食生活の乱れ、運動習慣の低下などの複数の要因が続く事による全身の血管の動脈硬化によって生じます。
ノルモナールは本態性高血圧症に対してどのくらい効果があるのでしょうか。
本態性高血圧症に対してノルモナールを投与した調査では、その有効率は62.1%と報告されています。有効率はノルモナールを投与した患者さんに対して、その効果を処方医が判定し、「顕著に改善(とてもよく効いた)」「改善(よく効いた)」のいずれかと判定された患者さんの率になります。
更に「やや改善(多少効いた)」まで含めると、その率は84.1%であったと報告されています。
3.ノルモナールにはどのような作用があるのか
ノルモナールにはどのような作用があるのでしょうか。ノルモナールの作用機序について紹介します。
Ⅰ.尿中にナトリウムを排泄し、尿量を増やす
ノルモナールの主な作用は、尿の量を増やす事です。
尿量が増えれば身体の水分の量が減るため、血液の量も減り、血圧が下がります。
ノルモナールの作用機序を更に深く理解するためには、尿がどのように作られるのかを知る必要があります。
尿は腎臓で作られます。腎臓に流れてきた血液は、糸球体という部位でろ過され、尿細管に移されます。このように尿細管に移された尿の元は、「原尿」と呼ばれます。
糸球体は血液をざっくりとろ過しておおざっぱに原尿を作るだけですので、原尿には身体にとって必要な物質がまだたくさん含まれています。
原尿をそのまま尿として排泄してしまうと、身体に必要な物質がたくさん失われてしまいます。それでは困るため、尿細管には原尿から必要な物質を再吸収する仕組みがあります。
つまり糸球体でざっくりと血液がろ過されて原尿が作られ、尿細管によって原尿から必要な物質が体内に戻され、最終的に排泄される尿が出来上がるわけです。
原尿から必要な物質が再吸収されて最終的に作られた尿は、腎臓から尿管を通り膀胱に達し、そこで一定時間溜められます。膀胱に尿がある程度溜まって膀胱が拡張してくると、その刺激によって尿意をもよおし、排尿が生じます。
これが尿が作られる主な機序になります。
そしてチアジド類似薬は、原尿から必要な物質を「再吸収」する尿細管の仕組みの1つをブロックするお薬になります。
尿細管は糸球体に近い方から「近位尿細管」「ヘンレのループ」「遠位尿細管」「集合管」の4つの部位に分けられています。
このうち「遠位尿細管」には「Na+・Cl–共輸送担体」と呼ばれる仕組みがあります。これは、原尿に含まれるNa+(ナトリウムイオン)とCl-(クロールイオン)を体内に戻す(再吸収する)代わりに、K+(カリウムイオン)を血液から原尿に移動させる仕組みです。
Na+・Cl–共輸送担体によって血液中のNa+、Cl-が増え、K+が減ります。反対に原尿中のNa+、Cl-は減り、K+が増えます。
ちなみにNa+は一緒に水分も引っ張る性質があります。Na+が増えると、血液の浸透圧が上がるため、水を引っ張るのです。難しい説明はここでは省略しますが、体内では水はNa+と一緒に動く性質があると覚えてください。
ノルモナールはNa+・Cl–共輸送担体のはたらきをブロックします。すると原尿からNa+とCl-を再吸収できなくなるため、Na+とCl-はそのまま尿として排泄されやすくなります。
という事はNa+と一緒に動く水分も、そのまま尿として排泄されやすくなるという事です。すると体内のNa+量、水分量が少なくなるため、血圧が下がるというわけです。
これがノルモナールをはじめとしたチアジド類似薬の基本的な作用機序になります。
Ⅱ.炭酸脱水素酵素の働きをブロックする
上記以外の作用として、ノルモナールは尿細管のうち近位尿細管細胞に存在する「炭酸脱水素酵素」という酵素のはたらきをブロックする作用もあります。
炭酸脱水素酵素は「炭酸(H2CO3)」 を分解する酵素で、H2CO3⇒H++HCO3-と、炭酸をH+(水素イオン)とHCO3-(重炭酸イオン)に分解します。
炭酸脱水素酵素によって生成されたH+は、近位尿細管に存在するNa+・H+交換系という仕組みによって原尿中に排泄され、代わりにNa+(ナトリウムイオン)を原尿から体内に再吸収します。
炭酸脱水素酵素のはたらきをブロックすると、H+が生成できなくなるため、Na+・H+交換系がはたらきにくくなり、原尿からNa+を再吸収しにくくなります。
すると体内のNa+量が少なくなるため、これも血圧が下げる方向にはたらいてくれるのです。
ノルモナールの炭酸脱水素酵素をブロックする作用は弱めだと言われていますが、このような作用も血圧を下げる事に一役買っています。
Ⅲ.血管平滑筋を緩める
ノルモナールの主な作用はⅠ.に挙げたNa+の再吸収を抑える事です。これにより体内のNa+量(及び水分量)が減り、血圧が下がります。
しかしこのような作用は、確かに短期的には血圧を下げるものの、長期的に見ると身体が順応してしまう事でそこまで血圧を下げる効果は得られない事が確認されています。
では長期的な降圧作用はどのようにして得られるのでしょうか。
長期的なチアジド類似薬の降圧機序は明確には解明されていませんが、恐らく体内のNa+濃度を減少させる事により、副次的に細胞内 Ca2+(カルシウムイオン)濃度を低下させるためではないかと考えられています。
血管の周りは「平滑筋」という筋肉で覆われています。平滑筋が収縮すると血管が締め付けられるため血圧が上がり、平滑筋が弛緩すると血管が広がるため血圧は下がります。
この平滑筋の収縮は、平滑筋細胞内に Ca2+が流入する事が刺激になって生じます。
という事はノルモナールによってCa2+濃度が減少すれば、平滑筋が収縮しにくくなるため、血圧は上がりにくくなるはずです。
これがノルモナールの長期的な降圧作用の機序だと考えられています。
Ⅳ.尿路結石の再発防止・骨粗しょう症の予防
ノルモナールには上記以外にも副次的な作用があります。
ノルモナールは、Ca2+の尿中の排泄を低下させる作用があります。そのため、尿管結石の発症を抑える作用が期待できるのです。また骨粗しょう症を予防する作用も報告されています。
尿管結石はその名の通り、尿管に石が出来てしまい、それが尿管を詰まらせる事で腰背部の激痛が生じる疾患です。
尿管結石は尿酸やリン酸、カルシウムなど様々な成分が原因で生じますが、このうちカルシウム結石は尿中のカルシウムイオンの濃度が高いほど生じやすくなります。
そのためCa2+の尿中の排泄を低下させるノルモナールは、カルシウム結石が尿中で生成されるのを防止する作用があるのです。
また骨粗しょう症は骨がもろくなってしまう疾患です。骨の構成成分の1つにカルシウムがありますので、体内のカルシウム量が多いほど、骨がもろくなりにくくなります。
ノルモナールは、Ca2+の尿中の排泄を低下させるため体内のCa2+の量を増やしますので、骨粗しょう症を予防する作用が期待できるのです。
4.ノルモナールの副作用
ノルモナールにはどのような副作用があるのでしょうか。また副作用はどのくらいの頻度で生じるのでしょうか。
ノルモナールの副作用発生率は3.62%と報告されています。
生じうる副作用としては、
- めまい、ふらつき
- 頭痛、頭重
- 悪心、嘔吐
- 倦怠感
- 発疹、光線過敏症
- BUN上昇
- 高尿酸血症
- 高血糖
などが報告されています。
めまい、ふらつき、頭痛、頭重はノルモナールによって急激に血圧が下がる事で生じる副作用です。ノルモナールをはじめとしたチアジド類似薬は、降圧作用が強力というわけではないのですが、飲み始めに一過性に強く血圧を下げてしまう事があります。そのため、特に飲み始めで気を付けるべき副作用になります。
発疹、光線過敏症はノルモナールによって生じる過敏症反応(急性のアレルギー反応)です。過敏症はノルモナールに限らずあらゆるお薬で生じる可能性があります。程度が軽ければ様子をみても構いませんが、程度が重ければノルモナールを中止した方が良いでしょう。
また機序は不明ですがノルモナールをはじめとしたチアジド系は血糖や尿酸値を上昇させてしまう事があります。
このような副作用の可能性から、ノルモナールを長期にわたって服用する際は定期的に血液検査を行う事が望ましいでしょう。
頻度は稀ですが、ノルモナールで生じうる重篤な副作用としては、
- 低ナトリウム血症
- 低カリウム血症
が報告されています。
どれも頻度が多い副作用ではありませんが、特に注意すべきは低ナトリウム血症です。ノルモナールは作用機序上、ナトリウムイオンをたくさん尿に出す事で血圧を下げるため、体内のナトリウムイオンの量は少なくなります。
ナトリウムイオンがあまりに少なくなると、倦怠感、食欲不振、嘔気、嘔吐、痙攣、意識障害などといった症状が出現します。ノルモナールを長期にわたって使用する際は定期的に血液検査でナトリウムなどの電解質をチェックする必要があります。
ノルモナールを投与してはいけない方(禁忌)としては、
- 無尿の方
- 急性腎不全の方
- 体液中のナトリウム・カリウムが明らかに減少している方
- チアジド系薬剤又はその類似化合物に対する過敏症の既往歴のある方
が挙げられています。
ノルモナールは尿の排泄を増やす事で血圧を下げるお薬ですので、尿が出ない状態にある方(無尿)に投与しても意味がありません。
また腎臓に作用するお薬であるため、腎機能が急激に悪化している急性腎不全の方に投与すると腎機能を更に悪化させてしまう危険があります。
ノルモナールはナトリウム、カリウムといった電解質の排泄をお薬によってコントロールするお薬ですので、低ナトリウム血症、低カリウム血症など、元々電解質に異常がある方が服用すると更に電解質の異常を悪化させてしまう危険があります。
5.ノルモナールの用法・用量と剤形
ノルモナールは、
ノルモナール錠 15mg
の1剤形のみがあります。
ノルモナールの使い方は、
通常成人、1回15mgを1日1~2回(朝食後又は朝・昼食後)経口投与する。
なお、年齢、症状により適宜増減する。
となっています。
ノルモナールをはじめとしたチアジド類似薬は、血圧を下げる作用については用量依存性が乏しいと言われています。用量依存性というのは「量を増やしたら増やしただけ効果が強くなる」という性質の事です。
ノルモナールは量を増やしたからといって血圧を下げる力が強くなるわけではありません。効きが不十分であるからといってノルモナールの量をどんどん増やしても、どんどん血圧が下がるわけではないのです。
むしろ安易に量だけ増やしてしまうと、降圧効果は変わらず、副作用だけが生じやすくなってしまいます。
そうならないため、高血圧症に用いる場合には少量から開始する事で、本当に必要な量を確認していく事が推奨されています。
ちなみにノルモナールを夕方、眠前に投与してしまうと夜間寝ている時に排尿が生じやすくなるため、添付文書上の服用は「朝食後」あるいは「朝・昼食後」と決められています。
6.ノルモナールが向いている人は?
以上から考えて、ノルモナールが向いている人はどんな人なのかを考えてみましょう。
ノルモナールの特徴をおさらいすると、
【ノルモナールの特徴】
・尿量を増やす事で血圧を下げる降圧利尿剤である |
というものでした。
チアジド系降圧利尿剤であるノルモナールは、主に血圧を下げたいけども、むくみも多少改善させたいというケースにおいて有用です。
利尿剤としての作用も穏やかにありつつ、血圧を下げる作用が比較的しっかりしているため、高血圧症に加えてむくみが生じている患者さんは良い適応になります。
また副次的な作用として、
- 尿路結石(カルシウム結石)を予防する作用
- 骨粗しょう症を予防する作用
があります。これらの作用はあくまでも副次的なものですので強くはありませんが、尿路結石の既往がある方や骨粗しょう症を合併している方にとっては1剤で複数の効果を期待できるため良い選択肢となります。
しかしノルモナールはチアジド系やチアジド類似薬の中で特に大きな特徴のあるお薬ではないため、あまり多くは処方されていないのが現状です。