サリチル酸ワセリンは、1950年から発売されている「スピール膏M」というお薬のジェネリック医薬品で、角質軟化薬という種類のお薬になります。
角質軟化薬と言うとなんだか難しく聞こえますが、これは皮膚の表面である「角質」を柔らかくして溶かすお薬の事です。つまり角質軟化薬は角質が厚くなったり固くなってしまう疾患の治療に用いられます。
サリチル酸ワセリンは皮膚に塗るタイプのお薬(外用剤)ですので、局所の角質を柔らかくしたい時に役立ちます。飲み薬のように全身に作用するわけではなく病変がある部位にのみ貼るため、効かせたい部位にしっかりと効き、余計な部位にはあまり作用しません。
サリチル酸ワセリンはどんな特徴のあるお薬で、どんな患者さんに向いているお薬なのでしょうか。サリチル酸ワセリンの効能や特徴・副作用についてみてみましょう。
目次
1.サリチル酸ワセリンの特徴
まずはサリチル酸ワセリンの特徴をざっくりと紹介します。
サリチル酸ワセリンは角質が硬くなったり肥厚してしまった皮膚に対して、角質を柔らかくし、溶かす作用があります。また弱い抗菌作用があり、細菌や真菌の増殖を抑える作用もあります。
サリチル酸ワセリンの基本的なはたらきは「硬く・厚くなった皮膚を柔らかく・薄くする」という事です。
角質が硬くなる・厚くなる疾患としては、
- 角化症
- 乾癬
- 苔癬
などがありますが、サリチル酸ワセリンは角質を軟化・溶解させる作用によりこのような皮膚状態を改善させてくれます。
また弱いながらも細菌・真菌に対する抗菌作用も有します。例えば皮膚に悪さをする菌としては、ニキビの原因となりやすいアクネ菌(細菌)や水虫の原因である白癬菌(真菌)の増殖を抑える作用も持ちます。
更に「ワセリン」を配合しており、これは主に保湿作用として皮膚の保湿に役立ちます。
そのため感染リスクをある程度抑え、皮膚を保湿しながら、柔らかく・薄くする事が出来ます。
ちなみに先発品である「スピール膏M」は貼付剤(シール)であり、配合されているサリチル酸の濃度もサリチル酸ワセリンとは異なっています。
スピール膏Mのサリチル酸の濃度は50%であるのに対し、サリチル酸ワセリンのサリチル酸濃度は5%か10%です。そのため皮膚を薄くする作用はスピール膏Mに軍配が上がります。対して保湿作用や安全性はサリチル酸ワセリンに軍配が上がり、皮膚の部位や状態に応じて両者を適切に使い分ける事が大切です。
サリチル酸ワセリンに大きなデメリットはありませんが、皮膚を溶かす作用があるため正常な状態の皮膚には塗り続けないようにしましょう。皮膚が薄くなりすぎてしまい、痛みが生じる事もあります。
またサリチル酸ワセリンは「サリチル酸」と呼ばれる物質が主成分で、サリチル酸は昔は解熱鎮痛剤として使われていたお薬です。近年では解熱鎮痛剤として用いられていないのは、副作用として胃腸障害が生じる頻度が高く、また大量摂取によってサリチル酸中毒と呼ばれる症状を引き起こす事があるからです。
サリチル酸ワセリンは皮膚に貼るものであり、体内に多くは吸収されませんが、大量・長期の貼付を続けることはこのような理由から推奨されません。
以上からサリチル酸ワセリンの特徴として次のような事が挙げられます。
【サリチル酸ワセリンの特徴】
・角質を柔らかくし・溶かす作用がある
・弱い抗菌作用があり、細菌や真菌の増殖を抑える
・安全性は高く、副作用は少ない
・正常な皮膚も薄くしてしまうので注意
・先発品のスピール膏Mよりも濃度が薄く、皮膚は薄くする作用は弱いが保湿力・安全性に優れる
2.サリチル酸ワセリンはどんな疾患に用いるのか
サリチル酸ワセリンはどのような疾患に用いられるのでしょうか。添付文書には、次のように記載されています。
【効能又は効果】
乾癬、白癬(頭部浅在性白癬、小水疱性斑状白癬、汗疱状白癬、頑癬)、癜風、紅色粃糠疹、紅色陰癬、角化症(尋常性魚鱗癬、先天性魚鱗癬、毛孔性苔癬、先天性手掌足底角化症(腫)、ダリエー病、遠山連圏状粃糠疹)、湿疹(角化を伴う)、口囲皮膚炎、掌蹠膿疱症、ヘプラ粃糠疹、アトピー性皮膚炎、ざ瘡、せつ、腋臭症、多汗症、その他角化性の皮膚疾患
難しい専門用語が並んでいますが、要するに「皮膚(角質)が厚くなってしまう疾患の治療に用いられる」という認識で良いでしょう。
具体的には、
- 乾癬
- 角化症
- 苔癬
などは皮膚が厚くなってしまう疾患です。
また真菌・細菌に対する抗菌作用もある程度有しているため、
- ざ瘡(アクネ菌などの細菌が原因)
- 白癬(白癬菌が原因)
- 癜風(マラセチアが原因)
などにも適応を持っています。しかしこれらの疾患に用いる場合は、サリチル酸ワセリンは皮膚を薄くしてしまう作用がある事を忘れてはいけません。元々皮膚が薄い部位に塗ってしまうと皮膚が薄くなりすぎてしまい、皮膚状態がかえって悪化してしまう事もあります。
サリチル酸ワセリンを塗ってもいいかどうかは専門家の意見を聞きながら判断してください。
またサリチル酸ワセリンの先発品である「スピール膏M」の適応疾患は
- 疣贅(ゆうぜい)・・・いぼ
- 鶏眼(けいがん)・・・うおのめ
- 胼胝腫(べんちしゅ)・・・たこ
となっており、サリチル酸ワセリンと異なっています。
この理由はスピール膏Mとサリチル酸ワセリンに含まれる「サリチル酸」の濃度の違いです。
スピール膏Mには50%のサリチル酸が入っているのに対して、サリチル酸ワセリンには5%あるいは10%のサリチル酸しか入っていません。
そのため、強度な角化疾患にはスピール膏Mが用いられ、反対に保湿も必要な穏やかな角化疾患にはサリチル酸ワセリンが用いられます。
3.サリチル酸ワセリンにはどのような作用があるのか
サリチル酸ワセリンの作用を詳しくみてみましょう。
Ⅰ.解熱鎮痛作用
サリチル酸ワセリンの主成分であるサリチル酸は、元々は解熱鎮痛剤として発見されました。現在ではサリチル酸ワセリンを解熱鎮痛剤として用いる事はありませんが、サリチル酸について深く知るためにまずはこの解熱鎮痛作用について簡単に説明させてください。
サリチル酸は元々は植物に含まれる成分で、解熱(熱を冷ます)・鎮痛(痛みを抑える)作用がある事が古くから知られていました。
実際、サリチル酸を含む「柳(やなぎ)」は痛み止めや熱さましとして使われていたそうです。
しかし実はサリチル酸は副作用も強力であり、胃腸障害(吐き気・胃痛など)をはじめ、サリチル酸中毒(めまい、発汗、意識障害など)が生じる事もあり、このような理由から徐々に解熱鎮痛剤としては使われなくなってきました。
Ⅱ.角質軟化・溶解作用
サリチル酸は解熱鎮痛剤として発見されましたが、副作用の問題から現在では使われなくなっています。
現在サリチル酸を医療で用いるのは、もっぱらこの「角質軟化・溶解作用」になります。
サリチル酸ワセリンは、皮膚に貼る事によって角質内に浸透し、角質を軟化(柔らかくする)し、溶解(溶かす)する作用があります。
Ⅲ.抗菌作用
サリチル酸は、角質軟化・溶解作用以外にも、軽度の抗菌作用を有している事が分かっています。
- 細菌
- 真菌(カビ)
- ウイルス
などに対して、これらの病原微生物の増殖を抑える作用が報告されています。
その作用は弱いため、皮膚の感染症に対してサリチル酸ワセリンを主剤として用いる事はあまりありませんが、角質を軟化・溶解させたい時、合わせて感染予防の効果も発揮してくれます。
臨床上、特に問題となる皮膚感染症としては、
- にきび(尋常性ざ瘡)の原因菌であるアクネ菌
- 水虫(白癬)の原因菌である白癬菌
などがありますが、サリチル酸ワセリンはこれらの病原微生物に対しても増殖抑制効果を有しています。
Ⅳ.保湿作用
サリチル酸ワセリンに含まれる「ワセリン」は、非常に高い保湿作用を持つ物質です。
安全性も高いため、保湿剤としてよく用いられています。
ワセリンは油性物質であり、皮膚に塗る事え皮膚表面に膜を張り、水分が皮膚から蒸発してしまう事を防ぎます。またワセリン自体は体内にほとんど浸透しないため、皮膚表面に長くとどまり、保湿作用を発揮し続けてくれます。
このようにワセリンは優れた保湿剤なのです。
4.サリチル酸ワセリンの副作用
サリチル酸ワセリンの副作用はどのくらいの頻度で生じるのでしょうか。実はサリチル酸ワセリンはジェネリック医薬品でもあり、副作用発生率について詳しい調査は行われていません。
臨床で使用している印象としては、安全性は高く問題となる副作用が生じて困るケースはほとんどありません。
正常な皮膚に長期間塗り続けるなど、問題のある使い方をすれば、皮膚を薄くしすぎてしまったりといった問題が生じる可能性はありますが、適切な部位に使用しているのであれば問題となる副作用はあまり生じません。
生じるとしても軽度の副作用がほとんどで、
- 発赤
- 紅斑
などで、多くはサリチル酸ワセリンの塗布をやめれば自然と改善します。
滅多にある事ではありませんが、大量のサリチル酸を長期間投与していた場合は「サリチル酸中毒」が生じるリスクがあります。
サリチル酸中毒とは、血中のサリチル酸濃度が高まりすぎる事で生じ、
- めまい
- 耳鳴り、難聴
- 不安、幻覚、抑うつ、興奮、妄想
- 発刊
- 口渇
- 吐き気
- 呼吸苦
- 頻脈
- 昏睡
などが出現します。
サリチル酸ワセリンは塗り薬で体内に多くは吸収されないため、普通に使っていればサリチル酸中毒になる事はまずないと考えて良いのですが、一応の注意は必要です。
5.サリチル酸ワセリンの用法・用量と剤形
サリチル酸ワセリンには、
サリチル酸ワセリン 5% 500g
サリチル酸ワセリン 10% 500g
の2剤型があります。
サリチル酸ワセリンの使い方としては、
症状に応じて下記の濃度の軟膏剤、または液剤とし、1日1~2回塗布または散布する。
小児:0.1~ 3%
成人:2~10%なお、疣贅、鶏眼、胼胝腫には、50%の絆創膏(スピール膏M)を用い、2~5日目ごとに取りかえる。
と書かれています。
サリチル酸ワセリンはサリチル酸濃度として5%のものと10%のものがありますが、必ずこの濃度で使わないといけないという事はなく、適宜ワセリンなどで薄めて使用する事ができます。
一般的には小さなお子様は皮膚が敏感で薄いため、低濃度で用います。また成人であっても顔や陰部、わきの下などの皮膚が薄い部位に使用する際には、薄めて用いた方が安全です。
疣贅(いぼ)、鶏眼(うおのめ)、胼胝腫(たこ)といった皮膚の肥厚が強い疾患に対しては、10%のサリチル酸でも力不足となるため、サリチル酸を50%配合しているスピール膏Mの使用が推奨されています。
6.サリチル酸ワセリンの使用期限はどれくらい?
サリチル酸ワセリンの使用期限って、どのくらいの長さなのでしょうか。
「家に数年前に処方してもらった塗り薬があるんだけど、これってまだ使えますか?」
このような質問は患者さんから時々頂きます。
これは保存状態によっても異なってきますので、一概に答えることはできませんが、適正な条件(室温保存)で保存されていたという前提だと、3年が使用期限となります。
7.サリチル酸ワセリン軟膏が向いている人は?
以上から考えて、サリチル酸ワセリン軟膏が向いている人はどんな人なのかを考えてみましょう。
サリチル酸ワセリン軟膏の特徴をおさらいすると、
・角質を柔らかくし・溶かす作用がある
・弱い抗菌作用があり、細菌や真菌の増殖を抑える
・安全性は高く、副作用は少ない
・正常な皮膚も薄くしてしまうので注意
・先発品のスピール膏Mよりも濃度が薄く、皮膚は薄くする作用は弱いが保湿力・安全性に優れる
というものでした。
角質が固く・肥厚している、
- 乾癬
- 角化症
- 苔癬
などの治療においては、サリチル酸ワセリンは治療薬として用いられます。
また真菌・細菌に対する抗菌作用もある程度有してはいますが、
- ざ瘡(アクネ菌などの細菌が原因)
- 白癬(白癬菌が原因)
- 癜風(マラセチアが原因)
などに対して使われる頻度はそこまで多くありません。このような菌をやっつける作用を持つお薬は、他に優れたものが多くあるためです。またサリチル酸ワセリンは皮膚を薄くしてしまうお薬であるため、これによって皮膚を傷付けてしまいかえって感染を悪化させるリスクもありえます。
また、
- タコ(胼胝種)
- 魚の目(鶏眼)
- イボ(疣贅)
といった強度の角化疾患に対しては、サリチル酸ワセリンよりも高濃度のサリチル酸を配合している「スピール膏M」がよく用いられます。