テツクール徐放錠(一般名:乾燥硫酸鉄)は1964年から発売されている「フェロ・グラデュメット」というお薬のジェネリック医薬品です。
ジェネリック医薬品とは、先発品(フェロ・グラデュメット)の特許が切れた後に他社から発売された同じ成分からなるお薬の事です。お薬の開発・研究費がかかっていない分だけ、先発品よりも薬価が安くなっているというメリットがあります。
テツクールは「鉄製剤」という種類のお薬になり、これはいわゆる「鉄分」の事です。
鉄分は主に血液中の「赤血球」を作る原料になりますので、鉄製剤は「造血剤(血を作るお薬)」と呼ばれる事もあります。
鉄分は食事を規則正しく、バランス良く摂取していれば不足する事は多くはありません。しかし偏った食生活が続いてしまうと不足する事があります。また出血などによってたくさんの血液が失われてしまうと、体内の鉄分も不足してしまう事があります。
このように体内の鉄が少なくなってしまい、それによって赤血球が少なくなった状態は「鉄欠乏性貧血」と呼ばれます。そしてこのような時、テツクールのような鉄製剤が役に立ちます。
ここではテツクールの特徴や効果・副作用について説明していきます。
1.テツクールの特徴
まずはテツクールというお薬の全体的な特徴についてみていきましょう。
テツクールは鉄製剤であり、体内の鉄分が不足している時にそれを補うお薬になります。
貧血というのは、身体の中の「赤血球」が少なくなってしまう状態です。赤血球は血液中に存在している赤い血球で、肺から取り込まれた酸素を全身の組織に運搬するはたらきがあります。赤血球が全身に酸素を届けてくれる事で、全身の組織はエネルギーを産生する事ができるようになり、これによって私たちは正常に活動する事が出来るのです。
貧血になってしまうと、全身に十分な酸素が届けられないため、身体の至るところでエネルギー不足が生じ、身体のだるさや息切れ・動悸などが生じるようになります。
赤血球の原料の1つに「鉄」があります。つまり鉄分が不足してしまうと、赤血球が十分に作られないため貧血になってしまうという事です。ちなみに貧血のうち、鉄が足りない事で貧血になってしまう事を「鉄欠乏貧血」と呼び、このような時にテツクールのような鉄製剤が用いられます。
鉄剤にもいくつかの種類があります。また病院で処方される鉄製剤以外でも鉄のサプリメントなどもドラッグストアに売られています。これらとテツクールはどのように異なるのでしょうか。
どちらも鉄分を含んでいる事には変わりませんが、まず病院で処方される鉄製剤の方が鉄の含有量が多いという違いがあります。
一般的な鉄剤サプリメントに含まれている鉄分は1錠中3mg~10mg程度です。しかしテツクールは1錠中に105mgの鉄分を含んでいます。
しかし高濃度の鉄分を摂取すると問題もあります。高濃度の鉄は胃腸に負担をかけてしまうため、胃腸症状(胃痛や吐き気、便秘など)を引き起こしたり、胃腸を障害することで逆に鉄の吸収率を下げてしまう事があります。鉄剤サプリメントが高用量の鉄を含んでいないのはこのためです。
しかしテツクールは高用量でありながら、胃腸に負担をなるべくかけないように工夫されています。
具体的には、テツクールは徐放製剤という剤型となっています。これは胃腸においてお薬が徐々に溶けていき、少しずつ体内に吸収されるように設計されている剤型の事です。鉄分は消化管内で少しずつ放出されるため、胃腸をあまり刺激せずに鉄分を体内に吸収させることができるのです。
テツクールはこのように胃腸に負担をかけない工夫はされていますが、だからと言って胃腸に全く負担がないわけではありません。いくら工夫をしていると言っても、胃腸症状はテツクールを服用している方に生じやすい副作用ではありますので一定の注意は必要です。
またテツクールをはじめとした鉄製剤は、あくまでも「鉄が足りない事が原因で生じている貧血」に用いられるお薬であり、すべての貧血に対して有効なお薬ではないという事もしっかりと理解しておく必要があります。
貧血は様々な原因で生じうる病態であり、鉄が不足する事で貧血になるのは貧血の原因のうちの1つに過ぎません。
テツクールを用いる際は、その貧血が本当に鉄が欠乏している事で生じているものなのかをしっかりと確認した上で開始する必要があります。
ちなみにテツクールはジェネリック医薬品ですが、先発品の「フェロ・グラデュメット」と薬価はほとんど変わりません。先発品も古いお薬で薬価の非常に安いため、テツクールはジェネリック医薬品ではあるものの、経済的なメリットは感じにくいお薬となっています。
以上からテツクールの特徴として次のような事が挙げられます。
【テツクールの特徴】
・高濃度の鉄分を含有したお薬である |
2.テツクールはどのような疾患に用いるのか
テツクールはどのような疾患に用いられるのでしょうか。添付文書には次のように記載されています。
【効能又は効果】
鉄欠乏性貧血
テツクールは鉄製剤ですので、体内の鉄分が不足している時に用いられます。鉄分は赤血球を作る材料ですので、体内の鉄分が少なくなると赤血球が少なくなります。
このように鉄分不足によって赤血球が少なくなっている状態は「鉄欠乏性貧血」と呼ばれ、テツクールはこのような時に用いられるお薬になります。
鉄欠乏性貧血は鉄分の摂取量が少なかったり、鉄分の必要量が増えたり、鉄分の排泄が多かったりする事で生じます。
鉄分の摂取量が少ないのは、偏った食事や胃酸分泌低下(ピロリ菌感染など)などが挙げられます。ピロリ菌に感染して胃が萎縮してしまい胃酸が出なくなると鉄分の吸収率が落ちるため、鉄欠乏になりやすくなります。
鉄分の必要量が増える状態としては、妊娠や成長期などが挙げられます。妊娠すると赤ちゃんに送る分も血液を作らないといけないため、必要な鉄分の量も増えます。また成長期も身体をどんどん大きくするために全身にたくさんの酸素を届ける必要があり、やはり必要な鉄分の量は増えます。
鉄分の排泄が多いのは、「出血」が挙げられます。血液中の赤血球は鉄を原料に作られていますので、赤血球がたくさん失われれば身体の中の鉄分は減少します。多いのは女性の月経(生理)による出血での鉄分欠乏があります。
また中高年の方で注意すべき事としては「胃がん」「大腸がん」からの出血も気を付けないといけません。これは「血便」という形で排泄されますが、少しずつ出血している場合は肉眼的には分からず、発見が遅れる事も少なくありません。
では鉄欠乏性貧血に対してテツクールを投与すると、どのくらいの効果が見込めるのでしょうか。
テツクールはジェネリック医薬品ですので、有効性に関する詳しい調査は行われていません。しかし先発品の「フェロ・グラデュメット」では行われており、その調査結果が参考になります。
鉄欠乏性貧血の患者さんにフェロ・グラデュメットを服用してもらった調査では、その有効率は84%と報告されています。
また10例という少数の調査ですが、鉄欠乏性貧血の患者さんにフェロ・グラデュメットを投与したところ(平均1日投与量:184mg、平均投与日数:37日)、
- 赤血球数が 280万/mm3 → 436万/mm3 に改善
- 血清鉄が 55μg/dL → 159μg/dL に改善
- 血色素量(Hb)は、平均4.9g/日 増加
と検査値の改善が得られたことが報告されています。
同じ主成分からなるテツクールもこれと近い有効性があると考えてよいでしょう。
ただしテツクールによる鉄欠乏性貧血の治療は、あくまでも鉄分を補っているだけで根本的な治療が出来ていない可能性がある事に注意する必要があります。
例えば大腸がんで出血が続いていて鉄欠乏性貧血になっている場合、テツクールを投与すれば確かに貧血は改善するでしょう。しかしそれだけの治療しかしないと、貧血が見かけ上改善している間も大腸がんはどんどん進行してしまいます。この場合、テツクールも必要ですが、一番大切なのは大腸がんの早期発見と早期治療です。
鉄欠乏性貧血がある場合は、単に治療をするだけでなく、しっかりと原因と調べる事も大切です。
3.テツクールの作用機序
貧血を改善させるはたらきを持つテツクールですが、どのような作用機序を持っているのでしょうか。
貧血は、血液中の「赤血球」が少なくなる状態です。そしてテツクールを用いる「鉄欠乏性貧血」は、体内の鉄分が少なくなっている事で赤血球を十分に作れなくなってしまう状態です。
赤血球は肺から取り込んだ酸素を全身の組織に届けるはたらきがあるため、赤血球が少なくなると全身が酸素不足となります。酸素は栄養素(炭水化物、たんぱく質、脂質など)からエネルギーを取り出す際に必要なものであり、酸素が足りないとエネルギー不足となり、十分な生体活動が行えなくなります。その結果、だるさやめまい、動悸、息切れなどが生じます。
テツクールの作用機序を知るために、まずは赤血球が作られる過程について見ていきましょう。
赤血球をはじめとした血球のほとんどは、骨髄(こつずい)という場所で作られています。骨髄というのは「骨の中」です。実は血球というのは骨の中で作られているのです。
骨髄ではまず「造血幹細胞(ぞうけつかんさいぼう)」と呼ばれる細胞が造られます。造血幹細胞はあらゆる血球の「元」となる細胞で、ここから「赤血球」「白血球」「血小板」などに成長していきます(これを「分化する」と言います)。
造血幹細胞の一部は赤血球に成長していきますが、まずは造血幹細胞から「赤芽球(せきがきゅう)」という細胞になります。赤芽球はまだ未熟な赤血球ですので酸素を運搬する能力は備わっていません。
酸素を運搬するには「ヘモグロビン」というたんぱく質が必要です。ヘモグロビンは酸素分子と結合できる性質を持っている物質だからです。そのため赤芽球は細胞内でたくさんのヘモグロビンを合成しようとします。
ヘモグロビンは「ヘム」と「グロビン」からなります。ヘムは赤色の色素であり、血が赤く見えるのはヘムがあるからです。ヘムを作るためには鉄分が必要です。一方でグロビンはたんぱく質です。
私たちは鉄分を主に食事から摂取します。食べ物中に含まれる鉄分は小腸(特に十二指腸)から吸収され、血液中の「トランスフェリン」というたんぱく質にくっついて骨髄に連れていかれます。そして骨髄で赤芽球に取り込まれ、ヘムの原料となるのです。
細胞内にたくさんのヘモグロビンが合成されると赤芽球は赤血球に成長していきます。赤血球になると骨髄中から血液中に放たれ、酸素を全身に運搬する役割を担うようになります。
これが赤血球が作られる機序になります。
では次に身体の中の鉄分が少なくなっている時を考えてみましょう。身体の中に十分な鉄がないと赤芽球がヘモグロビンを十分に合成できなくなります。そうなれば当然、血液中の赤血球が減少する事になります。
赤血球が減少すれば、全身の組織に酸素を運搬できなくなるため、生体活動を十分に行えなくなり、疲れやすさや動悸、息切れなどが生じます。
これが鉄欠乏性貧血で、このような状態を改善させるのがテツクールです。
テツクールに含まれる鉄は、服用すると小腸から吸収されてトランスフェリンにくっついて骨髄に運ばれます。そこで赤芽球に取り込まれヘモグロビンの原料となるため、赤血球が活発に作られるようになるのです。
4.テツクールの副作用
テツクールにはどのような副作用があるのでしょうか。また副作用はどのくらいの頻度で生じるのでしょうか。
テツクールはジェネリック医薬品ですので、副作用発生率の詳しい調査は行われていません。しかし先発品の「フェロ・グラデュメット」では行われており、副作用発生率は6.0%と報告されています。
同じ主成分からなるテツクールもこれと同程度の副作用発生率があると考えられます。
テツクールは通常の食べ物にも含まれる「鉄」が主成分ですので、危険性の高いお薬ではありません。しかし鉄を高濃度で配合しているため、注意すべき副作用はあります。
生じうる副作用としては、
- 悪心・嘔吐
- 食欲不振
- 腹痛
などが報告されています。
鉄は胃腸などの消化器系に負担をかけるため、テツクールでは胃腸症状が比較的多く生じます。
いずれも症状がひどければテツクールを減量・中止しなければいけませんが、程度が軽ければ少し様子を見ても構いません。服用を続けていると身体が慣れてきて副作用が少しずつ改善していく事もあるためです。
副作用ではありませんが、テツクールを摂取すると便に含まれる鉄分も多くなるため、便が黒色になります。これにはびっくりされる方が多いのですが、鉄分が多量に便中に含まれるためですので心配はありません。
また歯に酸化鉄が沈着して茶色っぽくなる事もあります。この場合、歯磨き時に重曹などを使う事で取る事が出来ます。
テツクールを投与してはいけない方(禁忌)としては、
- 鉄欠乏状態にない方
が挙げられています。
テツクールは鉄分であり、あくまでも体内の鉄分が少ない方に鉄分を補充するお薬です。
鉄分が少なくない方が服用してしまうと意味がないばかりか、副作用が生じやすくなったり鉄過剰の症状が出現する可能性もあり、デメリットが大きくなります。
体内に鉄が過剰に蓄積されると肝臓や心臓に鉄が沈着し、肝障害や心不全などが引き起こす危険があります。
5.テツクールの用法・用量と剤形
テツクールは、
テツクール徐放錠 105mg
の1剤形のみがあります。
ちなみにテツクールという名称の由来は「テツ(鉄)」と「ツクール(赤血球を「作る」という意味)から来ています。
テツクールの使い方は、
鉄として、通常成人1日105~210mgを1~2回に分けて、空腹時に、又は副作用が強い場合には食事直後に、経口投与する。なお、年齢、症状により適宜増減する。
となっています。
6.テツクールが向いている人は?
以上から考えて、テツクールが向いている人はどんな人なのかを考えてみましょう。
テツクールの特徴をおさらいすると、
【テツクールの特徴】
・高濃度の鉄分を含有したお薬である |
というものでした。
テツクールは鉄欠乏性貧血に用いられるお薬です。
本来、鉄分は食事を規則正しく・バランス良くすることで摂取する事が基本です。そのため鉄欠乏性貧血では安易にテツクールを始めるのではなく、まずは食生活の工夫にて改善させるべきです。
しかし食生活の工夫でも貧血が改善しなかったり、食生活の改善が困難である場合はテツクールのような鉄剤が有用です。
また鉄欠乏性貧血は、背景に胃がん・大腸がんなどの出血性の悪性疾患が隠れている事があります。そのため単に貧血の治療をして終わってしまうのではなく、貧血の原因は何で生じているのかを出来る限り特定するようにしましょう。