トラネキサム酸は、1981年から発売されている「トランサミン」というお薬のジェネリック医薬品になります。
ジェネリック医薬品とは、先発品(トランサミン)の特許が切れた後に他社から発売された同じ成分からなるお薬の事です。お薬の開発・研究費がかかっていない分だけ、薬価が安くなっているというメリットがあります。
トラネキサム酸は「抗プラスミン薬」という種類に属し、プラスミンという物質のはたらきをブロックする作用を持ちます。
これによって出血を止める作用や炎症を抑える作用、更には皮膚のシミや色素沈着を改善させる作用などをもたらしてくれます。
「プラスミンをブロックする」と言っても、これが一体どういう事なのかイメージが沸かないかもしれません。
詳しい作用機序は記事中で説明していきますが、プラスミンをブロックする事は身体に様々な作用をもたらしてくれるのです。トラネキサム酸の作用機序を詳しく理解すれば、このお薬が様々な領域で用いられている理由も分かるでしょう。
ここでは様々な作用を持つトラネキサム酸というお薬の特徴や効果・副作用などをみていき、このお薬がどのような方に適しているのかを考えていきましょう。
目次
1.トラネキサム酸の特徴
まずはトラネキサム酸の全体的な特徴について紹介します。
トラネキサム酸はプラスミンのはたらきを抑える作用を持ち、それによって
- 止血作用(出血を抑える作用)
- 抗炎症作用(炎症を和らげる作用)
などの作用を発揮します。
トラネキサム酸は、プラスミンという物質のはたらきをブロックする作用があります。
プラスミンは酵素の一種で、フィブリンやフィブリノーゲンといった繊維素を溶かしてしまうはたらきを持つ「繊維素溶解酵素」になります。
「繊維素」や「繊維素溶解酵素」など難しい名前が出てきましたが、これらは私たちの身体の中でどのようなはたらきをしているのでしょうか。
皮膚に傷が生じたりすると血管が傷付き、出血してしまう事があります。血管から血液が漏れてしまうと、フィブリンやフィブリノーゲンといった繊維素が活性化し、血液中の血小板と反応して、出血部位に「血餅」という血の固まりを作ります。この血餅が出血部位をふさぐことによって、出血が止まります。
もし血餅が出来ないと大量の血液が失われてしまう事になり、最悪の場合は「失血死」に至ってしまいます。出血を抑える役割を持つ繊維素が、とても重要な物質である事が分かりますね。
しかし一方で、血餅が血流に乗って無関係なところに流れていってしまうと、細い血管を詰まらせてしまう可能性もあります。
血管を詰まらせてしまうとその先にある臓器に血液が届かなくなってしまうため、これらの臓器の細胞が死んでしまいます。これは脳梗塞や心筋梗塞などの病態と同じであり、身体にとって重篤な事態となってしまう事もあります。
これを防いでくれるのがプラスミンなのです。プラスミンはフィブリンやフィブリノーゲンといった繊維素を溶かす事で血栓を溶かしてくれるのです。
プラスミンは本来必要のない部位で血栓が出来てしまうとそれを感知して活性化され、私たちの血管内で不要な血栓が出来ないようにしてくれているのです。
トラネキサム酸は、このプラスミンのはたらきをブロックします。すると血餅や血栓が溶かされにくくなるため、血が止まりやすくなります。
これがトラネキサム酸の1つ目の作用です。
そしてトラネキサム酸にはもう1つ作用があります。
プラスミンは血栓を溶かす以外にも、炎症を誘発する作用もあります。プラスミンは炎症を引き起こす物質であるキニンを遊離したり、血管の透過性を亢進させることで炎症反応を促してしまうはたらきがあるのです。
炎症が起きるとその部位には、
- 発赤(赤くなる)
- 熱感(熱を持つ)
- 腫脹(腫れる)
- 疼痛(痛む)
といった変化が生じます。
トラネキサム酸はプラスミンのはたらきをブロックすることで炎症を抑え、これらの炎症で生じる症状を和らげるはたらきがあります。
例えば咽頭炎や扁桃炎といった上気道に炎症が生じている疾患にトラネキサム酸を用いると、咽頭や扁桃の炎症を抑える事で腫れや痛みを抑える事が出来るのです。
またアレルギー性疾患でも、アレルギーが生じている部位の血管の透過性が亢進して炎症が生じてしまうため、トラネキサム酸はアレルギーによって引き起こされた炎症を抑えるはたらきも期待できます。
このようにトラネキサム酸はプラスミンのはたらきをブロックすることで、
- 止血作用(血を止める作用)
- 抗炎症作用(炎症を抑える作用)
の2つの作用を発揮します。
またそれ以外にもプラスミンは、皮膚の色素沈着を生じやすくさせる作用があるといわれており、この作用からトラネキサム酸は皮膚科や美容外科にてシミや肝斑の治療薬として処方される事もあります。
トラネキサム酸は副作用が少なく安全性が高いのもメリットです。副作用が生じないわけではありませんが、その頻度は少なく、また重篤な副作用もほとんど生じません。
更にトラネキサム酸はジェネリック医薬品であり、薬価が安いというメリットもあります。ただし先発品のトラネキサム酸も元々薬価が安いお薬であるため、実感としてはそこまでは感じないかもしれません。
以上からトラネキサム酸の特徴として次のようなことが挙げられます。
【トラネキサム酸の特徴】
・プラスミンのはたらきをブロックするお薬である |
2.トラネキサム酸の適応疾患と有効率
トラネキサム酸はどのような疾患に用いられるのでしょうか。添付文書には次のように記載されています。
【効能又は効果】
○全身性線溶亢進が関与すると考えられる出血傾向(白血病、再生不良性貧血、紫斑病等、及び手術中・術後の異常出血)
○局所線溶亢進が関与すると考えられる異常出血(肺出血、鼻出血、性器出血、腎出血、前立腺手術中・術後の異常出血)
○下記疾患における紅斑・腫脹・そう痒等の症状
湿疹及びその類症、蕁麻疹、薬疹・中毒疹○下記疾患における咽頭痛・発赤・充血・腫脹等の症状
扁桃炎、咽喉頭炎○口内炎における口内痛及び口内粘膜アフター
難しい病名が並んでいますが、基本的には
- 血を止める作用
- 炎症を抑える作用
のいずれかの目的で投与されます。
「効果又は効能」のうち、最初の2つは止血作用を期待した投与になります。出血しやすい病態に対してトラネキサム酸は過度な出血を防ぐ作用が期待できます。
3つ目はアレルギー症状の緩和を期待した投与です。アレルギーが生じるとその部位に炎症反応が生じますので、炎症を抑える作用を持つトラネキサム酸は症状緩和の作用が期待できます。またトラネキサム酸は血管の透過性亢進を抑える作用があるため、これもアレルギー症状の緩和に役立ちます。
最後の2つは抗炎症作用を期待した投与です。臨床で多いのは、上気道の感染(上記で言うと咽頭炎や扁桃炎)に対して、腫れや痛みを抑える目的で投与されるケースがあります。
また保険適応外にはなりますが、トラネキサム酸は皮膚の色素沈着を抑える作用が報告されており、皮膚科や美容外科でシミや肝斑の治療のために処方される事もあります。
ではこれらの疾患に対してトラネキサム酸はどのくらいの効果が期待できるのでしょうか。
トラネキサム酸はジェネリック医薬品であるため、有効性についての詳しい調査は行われていません。しかし先発品の「トランサミン」では行われており、その有効性は、
- 止血作用が認められた率は73.6%
- 皮膚疾患に対する抗アレルギー作用が認められた率は60.5%
- 扁桃炎・咽頭炎・口内炎などに他する抗炎症作用が認められた率は70.8%
と報告されています。
同じ主成分から成るトラネキサム酸も同程度の有効率があると考えられます。
3.トラネキサム酸の作用
トラネキサム酸はどのような作用機序を持ち、それによってどのような作用が期待できるのでしょうか。
トラネキサム酸の作用について詳しく説明します。
Ⅰ.止血作用
プラスミンは、血餅や血栓を溶かす作用を持つ酵素です。
より具体的にみると、プラスミンはフィブリンやフィブリノーゲンといった繊維素に結合し、これら繊維素が血栓を作ろうとするのをジャマします。
プラスミンが活性化すると血栓が作れなくなり、血栓は分解されていきます。
トラネキサム酸はプラスミンのリジン結合部位(LBS)に結合することで、プラスミンがフィブリンやフィブリノーゲンに結合できないようにさせます。
するとフィブリンやフィブリノーゲンは血餅を作りやすくなるため、血が止まりやすくなるというわけです。
これがトラネキサム酸の止血作用の機序になります。
Ⅱ.抗炎症作用
プラスミンには血栓を溶かす以外にも、炎症を引き起こす作用があります。
より具体的に見ると、プラスミンには血管の透過性を亢進させる作用があります。血管透過性が亢進すると血管外に様々な物質が移動しやすいようになるため、炎症を引き起こす物質や免疫細胞が血管外の組織に移行しやすくなり、これは炎症反応を引き起こしやすい環境を作ります。
またプラスミンは炎症反応を引き起こす物質(キニンなど)を産生するはたらきがあり、これも炎症反応を引き起こしやすい環境を作ります。
トラネキサム酸は、プラスミンのはたらきをブロックすることで、これらの作用を起こしにくくし、炎症反応を抑えるはたらきがあります。
炎症を抑えることによって、炎症の所見である
- 発赤(赤くなる)
- 熱感(熱くなる)
- 腫脹(晴れる)
- 疼痛(痛む)
を和らげる作用が期待できます。
またアレルギー性疾患もアレルギー反応によって炎症を引き起こすため、トラネキサム酸はアレルギーによって生じた炎症を和らげる作用も期待できます。
Ⅲ.色素沈着抑制作用
プラスミンは、皮膚の色素沈着にも関与していると考えられています。
プラスミンのはたらきをブロックするトラネキサム酸は、皮膚の色素沈着を抑える作用が期待でき、このような目的で投与される事もあります。
主に皮膚科や美容外科にてトラネキサム酸はシミや肝斑を治療する目的で処方されています。
ただしこれらはトラネキサム酸の適応疾患ではないため、保険外処方になります。
4.トラネキサム酸の副作用
トラネキサム酸にはどのような副作用があるのでしょうか。また副作用の頻度はどのくらいなのでしょうか。
トラネキサム酸はジェネリック医薬品ですので、副作用発生率の詳しい調査は行われていません。
しかし先発品の「トランサミン」では行われており、生じる副作用とその頻度としては、
- 食欲不振(0.61%)
- 悪心(0.41%)
- 嘔吐(0.20%)
- 胸やけ(0.17%)
- そう痒感(0.07%)
- 発疹(0.07%)
と報告されています。
同じ主成分からなるトラネキサム酸も同程度の副作用が生じると考えられます。
いずれも頻度は低く、トラネキサム酸は副作用が少なく安全性の高いお薬だという事が出来ます。
また、頻度は稀ですが重篤な副作用として
- けいれん
が報告されています。
なおトランサミンは血が固まりやすい環境を作りますので、元々血栓が生じやすい基礎疾患が背景にある方は慎重に用いる必要があります。このような方が安易にトランサミンを服用すると、血栓の形成を促してしまい、脳梗塞や心筋梗塞のリスクとなる可能性もありえます。
5.トラネキサム酸の用法・用量と剤形
トラネキサム酸には、
トラネキサム酸錠 250mg
トラネキサム酸錠 500mgトラネキサム酸カプセル 250mg
トラネキサム酸散 50%
トラネキサム酸シロップ 5%
といった剤形があります。
トラネキサム酸の使い方としては、
【錠剤・カプセル・散剤】
通常成人1日750~2,000mgを3~4回に分割経口投与する。なお、年齢、症状により適宜増減する。【シロップ】
通常下記1日量を3~4回に分割経口投与する。なお、症状により適宜増減する。~1歳 75~200mg
2~3歳 150~350mg
4~6歳 250~650mg
7~14歳 400~1,000mg
15歳~ 750~2,000mg
となっています。
6.トラネキサム酸が向いている人は?
以上から考えて、トラネキサム酸が向いている人はどのような方なのかを考えてみましょう。
トラネキサム酸の特徴をおさらいすると、
【トラネキサム酸の特徴】
・プラスミンのはたらきをブロックするお薬である |
といったものがありました。
トラネキサム酸は古いお薬ではありますが、
- 止血作用
- 抗炎症作用
のいずれにおいても、現在でも広く用いられているお薬です。
特に上気道の炎症(咽頭炎や扁桃炎など)で、腫れが痛みが強い場合には用いられる頻度の多いお薬です。
また皮膚のシミや肝斑の改善にも(保険内で処方はできませんが)、皮膚科や美容外科でよく処方されています。
劇的な効果が期待できるお薬ではありませんが、安全性も高く重篤な副作用もまず生じないため、安心して服用しやすいお薬であるというのも現在でもよく用いられている理由の1つでしょう。
7.トラネキサム酸の成分が含まれる市販薬は?
トラネキサム酸を含むお薬は、病院で処方してもらう他に薬局でも購入する事が出来ます。
トラネキサム酸を含む市販薬はいくつかありますが、用途によって、
- 炎症を抑える作用を期待しているお薬(風邪薬)
- 皮膚のシミ・色素沈着を抑える作用を期待しているお薬
の2つに分けられます。
前者には、
などがあります。
1錠中にトラネキサム酸250mgが含まれており、更に風邪症状を抑える他の成分も配合されています。
また皮膚のシミや色素沈着を抑えるお薬としては、
などがあります。
このようなお薬も同様に1錠中にトラネキサム酸250mgが含まれています。美容のお薬となると途端に高価になりますが、実は含まれているトラネキサム酸の量が特段多いわけではありません。