トリノシン腸溶錠(一般名:アデノシン三リン酸二ナトリウム水和物)は、1966年から発売されているお薬です。
主にめまいを抑える「抗めまい薬」として扱われる事が多いお薬ですが、実はめまいを抑える作用はトリノシンの作用のほんの一部に過ぎません。
トリノシンは「ただのめまい止め」ではありません。このお薬の作用について正しく理解すれば、様々な疾患の方にこのお薬が役立つ可能性がある事が分かるでしょう。
トリノシンの主成分は「ATP(アデノシン三リン酸)」という物質です。「ATP」という用語を学生の時に理科や生物の授業で聞いたことがある方も多いかもしれません。
ATPは私たちが身体活動をする際にエネルギー源となる物質で、生きていくために必要不可欠な物質です。私たちはこのATPをエネルギー源として様々な身体活動を行っているのです。つまりATPであるトリノシンを投与するという事は、めまいのみならず私たちの身体で日常的に行われている身体活動全体に対して効果が期待できるという事です。
ここではトリノシンの特徴・効果や副作用について紹介していきます。その上で、このお薬がどのような作用機序を持ち、どのような状態の方に適しているのかを考えていきましょう。
1.トリノシンの特徴
まずはトリノシンというお薬の全体的な特徴を紹介します。
トリノシンの主成分はATPという物質になります。ATPは「生体のエネルギー通貨」と呼ばれる身体にとって非常に重要な物質で、私たちが日常的に行っている身体活動のほとんどはATPからエネルギーを取り出す事で行われます。
トリノシンはこのATPを補充する事で、めまいのみならず全身の血流を改善し、各臓器や組織の代謝を改善させるはたらきがあります。
トリノシンの主成分である「ATP(アデノシン三リン酸)」は、私たちの身体にとっての「エネルギー源」です。
ATPにはその名の通り「アデノシン」という物質に「リン酸(P)」が3つついている構造をしています。そして、このリン酸が離れる際にエネルギーが放出されるという特徴があります。
ATP⇒ADP(アデノシン二リン酸)+P(リン酸)となった際にエネルギーが生まれ、このエネルギーを元に私たちの身体は心臓や肺・腸管などの臓器を動かしたり、筋肉を動かしたりしているわけです。
反対にADP(アデノシン二リン酸)+P(リン酸)⇒ATPにする事で、エネルギーが必要になる時に備えてエネルギーを貯蔵する事も出来ます。
ちなみにこのATPを、私たちはそもそもどうやって得ているのでしょうか。実はATPは食事から摂取する「炭水化物」「たんぱく質」「脂質」といった栄養素から作られています。
これらの栄養素を分解する過程でATPが産生されるのです。
つまり私たちは食事中の栄養素からATPを取り出し、そのATPを利用して身体を動かしているのです。
そして、このATPを口から直接投与するのがトリノシンになります。
ATPは経口から投与しても効果が得られる事が確認されており、具体的には、
- 血管拡張作用
- 代謝改善作用
が得られる事が分かっています。
ATPは全身の血管を広げるはたらきがあります。血管が広がれば、その中にたくさんの血液が流れる事が出来るようになるため、血流量が増えます。
血液は酸素や栄養などを全身に送るはたらきをしていますので、血流量が増えれば全身の臓器や器官がより活発に活動できるようになります。
またATPは各臓器でエネルギー源としてはたらくため、その量が多くなればその臓器は本来のはたらきをよりしっかりと行えるようになります。これは代謝改善作用になります。
トリノシンは「めまいを抑えるお薬」というイメージを持たれる方が多いのですが、めまいを改善するのはアデホスの作用のほんの一部であり、本来はATPを増やす事で全身の血流を増やし臓器・器官を活性化させるお薬なのです。
そのため、脳や心臓、目や胃腸など全身の症状に対してアデホスは効果を期待できます。
しかしトリノシンは、ATPという元々体内で利用されているエネルギー源を医薬品として投与するという機序になるため、人工的に身体機能を無理矢理変化させるものではありません。そのため、その作用は穏やかであり劇的な効果を期待できるお薬ではありません。
しかし元々体内で利用されているATPが主成分ですから、服用する事で大きな副作用もありません。
以上からトリノシンの特徴として次のような点が挙げられます。
【トリノシンの特徴】
・「生体のエネルギー通貨」と呼ばれるATPが主成分である |
2.トリノシンの適応疾患と有効率
トリノシンはどのような疾患に用いられるのでしょうか。添付文書には次のように記載されています。
【効能又は効果】
〇 下記疾患に伴う諸症状の改善
頭部外傷後遺症〇 心不全
〇 調節性眼精疲労における調節機能の安定化
〇 消化管機能低下のみられる慢性胃炎
〇 メニエール病及び内耳障害に基づくめまい
トリノシンは、生体のエネルギー源であるATPを投与する事によって、全身の臓器・器官のはたらきを正常化させます。
適応疾患としては上記が挙げられていますが、これは、
- 脳の血流を増やし、代謝を促進する事で頭部外傷後の頭痛・頭重などを改善させる
- 心臓への血流を増やし、代謝を促進する事でむくみなどの心不全症状を改善させる
- 眼への血流を増やし、代謝を促進する事で眼精疲労などを改善させる
- 胃腸への血流を増やし、代謝を促進する事で胃腸の動きを活性化させる
- 内耳への血流を増やし、代謝を促進する事でめまいを改善させる
といった事になります。
メニエール病というのは「内耳」という耳の奥にある器官が障害を受ける事で、回転性のめまい、難聴、耳鳴り、耳閉感といった4つの症状が認められる疾患です。主にストレスなどによって内耳の血流が悪化したり内耳にむくみが生じる事で生じると考えられています。
しかしこれらの臓器・器官への作用以外でも、各臓器・器官のエネルギー(ATP)不足によって生じている症状であれば、トリノシンを投与する事は薬理上は効果が期待できます。
ではこれらの疾患に対してトリノシンはどのくらいの有効性があるのでしょうか。
トリノシンの脳への有効性をみた調査では、
- トリノシン投与2時間後、椎骨動脈の血流は58.3%増加した
- トリノシン投与2時間後、総頚動脈の血流は24.4%増加した
と脳の血流が増加した事が報告されています。
また心不全の患者さんにトリノシン180mg/日を8週間投与した調査では、
- 自覚症状が軽度以上に改善した率は30.0%(プラセボでは16.8%)
- むくみが軽度以上に改善した率は73.2%(プラセボでは55.9%)
- 心肥大がレントゲン上軽度以上に改善した率は37.0%(プラセボでは24.1%)
と報告されています。
眼精疲労の患者さんにトリノシン180mg/日を4週間投与した調査では、
- 目の奥が痛いという自覚症状を80%消失させた
- 目が熱いという自覚症状を90.9%消失させた
- チカチカするという自覚症状を84.6%消失させた
- 頭痛の自覚症状を77.8%消失させた
- 頭重の自覚症状を78.6%消失させた
と自覚症状の改善が得られた事が報告されており、全般的な改善度としては、
- 「かなり改善」以上が24.1%
- 「やや改善」以上は79.6%
であった事が報告されています。
また慢性胃炎の患者さんにトリノシン150mg/日を12週間投与した調査では、胃粘膜のATP量が、
- 胃前庭部のATP量が25.76nmol/mg⇒33.44nmol/mgに増加した
- 胃体部のATP量が23.72nmol/mg⇒31.79nmol/mgに増加した
と胃粘膜のATPが増加していた事が報告されています。
メニエール病および内耳障害に基づくめまいにトリノシン300mg/日を4週間投与した調査でも、46.1%の症例で症状が中等度以上に改善したと報告されています。
3.トリノシンの作用
トリノシンはどのような作用機序を持っているお薬なのでしょうか。
トリノシンの主成分はATP(アデノシン三リン酸)と呼ばれる物質であり、これは生体活動に不可欠なエネルギー源になります。
私たちの身体は、このATPからエネルギーを取り出す事で、全身の臓器や器官を正常に動かし、生体活動を維持する事が出来ているのです。
ATPが不足すれば当然、全身の臓器・器官のはたらきが低下してしまいます。そのような時にトリノシンのようなお薬が有用で、トリノシンによってATPを補ってあげる事が出来れば全身の臓器・器官のはたらきを正常に戻す事ができます。
ではATP不足に陥っている状態の方に対して、ATPであるトリノシンを投与すると具体的にどのような作用が期待できるのでしょうか。
その作用は主に次の2つになります。
- 全身の血管を広げ、血流を増やす(血管拡張作用)
- 全身の臓器・器官の活動を高める(代謝改善作用)
トリノシンを投与する事で、全身の血流が増え、全身の臓器・器官の活動が正常化します。
個々の臓器について見ると、
- 脳の血流が増え、代謝が促進される事で頭部外傷後の頭痛・頭重などを改善させる
- 心臓の血流が増え、代謝が促進される事でむくみなどの心不全症状を改善させる
- 眼の血流が増え、代謝が促進される事で眼精疲労などを改善させる
- 胃腸の血流が増え、代謝が促進される事で胃腸の動きを活性化させる
- 内耳の血流が増え、代謝が促進される事でめまいを改善させる
といった作用が期待できます。
もちろん、これ以外でも全身の各臓器・器官のATP不足によって生じている症状であれば、トリノシンを投与する事で症状の改善が期待できます。
4.トリノシンの副作用
トリノシンにはどのような副作用があるのでしょうか。またその頻度はどのくらいなのでしょうか。
トリノシンの副作用発生率は1.82%と報告されています。元々体内で利用されているATPが主成分ですので安全性に優れ、危険な副作用はほとんど生じません。
生じる副作用としては、
- 胃腸障害
- 悪心
- そう痒感
などが報告されています。
これらの副作用が生じたとしても、その程度は軽症にとどまる事が多く、服薬を中断しないといけないほど重度となる事は稀です。
5.トリノシンの用法・用量と剤形
トリノシンには、
トリノシン腸溶錠 20mg
トリノシン腸溶錠 60mgトリノシン顆粒 10%
といった剤型が発売されています。
トリノシンの使い方は、
1回40~60mgを1日3回経口投与する。
メニエール病及び内耳障害に基づくめまいに用いる場合には、1回100mgを1日3回経口投与する。
なお、症状により適宜増減する。
となっています。
6.トリノシンが向いている人は?
以上から考えて、トリノシンが向いている人はどのような方なのかを考えてみましょう。
トリノシンの特徴をおさらいすると、
【トリノシンの特徴】
・「生体のエネルギー通貨」と呼ばれるATPが主成分である |
などがありました。
トリノシンによるATPの補充は、本来であれば食事から得るべきATPをお薬として投与する方法になります。
そのため食事から栄養を適正に十分に摂取しており、体内にATPが十分にあると考えられる方に対しては、それ以上ATPを補ってもあまり効果は期待できない可能性があります。
しかしATPが不足している可能性がある方で、それによって全身の臓器・器官の機能が低下して様々な症状が出現しているようなケースでは、トリノシンの投与は症状の改善が期待できます。
元々の生体活動を正常化させるはたらきになるため、劇的な強い作用は期待できませんが、一方で副作用もほとんどなく安全に症状を改善させてくれます。
そのため、「何となく調子が悪い」「強いお薬は使いたくないけど何らかの治療はしたい」という場合に使いやすいお薬ではあります。
しかし一方で疾患によって本格的に症状がみとめられている場合などでは、トリノシンだけで症状を改善させるのは力不足である事もあります。
例えば重篤な心不全や胃炎などに対してトリノシンだけで症状を治療するのはほぼ不可能でしょう。この場合はしっかりと心保護薬や胃薬を使うべきです。
トリノシンは全身の血流を増やし、代謝を高める事で穏やかに臓器・器官の能力を正常化させるお薬であり、強力な効果を期待するお薬ではなく、補助的にはたらくお薬だというイメージを持っていただくのが良いでしょう。